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腹黒乙女と12の時代勇者様  作者: 朝月ゆき
【一章】 黄の乙女は始まりを知る
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〜安土桃山の勇者様(4)〜




「にしても、よく発展したんだね。未来の日本は。安土桃山の世界には、こんな建物はないよ」


千夜に連れられるままに、理香はくすんだ色をした建物の中に入り、入り口からわずかに進んだ所に腰を降ろした。

理香の真横に、同じ動作をとった千夜がそう呟きながらキョロキョロする。


「平成はだいぶ、機械化が進んだから」


「きかいか…?」


「……便利な道具がいっぱい作られたって事」


安土桃山時代に機械はあまりなかったのだろうか。どう説明すればいいのかわからず、とりあえず、できるだけ分かりやすい言葉を選んだ。

やはり、再び、歴史の授業をしっかり受けていれば、と思ってしまう。


(五日前までは、こんなに学校が恋しくなるとか死んでもありえなかったのに……もう、二度と通えないだろうけど)


──しまった。

また、感傷に浸ってしまった。


(考えたらダメだ……!!)


ついさっき、千夜の前で情けなく泣いて、人類の敵が現れた時から溜まっていた感情を爆発させたというのに。

どれだけ、気持ちを闇の奥底まで沈めれば気がすむのか。

悲しみ、憎悪を覚えるたび、嘆き、慟哭を放つ。そんな負の連鎖をずっと続けなくてはいけないのか。


(……っ、ダメってば!私!!)


考えるな。考えるな。辛い事は忘れてしまえ。忘れろ!振り返るな。血と闇に染まった後ろを。でないと───


壊れてしまう。


「理香…?どうしたの?」


「え……?」


怪訝そうな呼び声が、耳朶をうった。

一瞬、力強く腕を引っ張られたような錯覚を覚えた。

ぼんやりと顔を上げると、憂い顔で理香の様子をうかがっている千夜がいた。


「なんか、凄く顔が真っ青になっていたよ」


「あ……」


「大丈夫?何があったの?俺にちゃんと話して」


「……」


言えるわけがない。

もう二度と彼の前でみっともなく泣きたくない。

泣くだけの自分でありたくない。泣いたって、叫んだって何も変わらない。


「ううん、何でもない」


「……」


隙あれば、次々と這い上がってくる無くなることのない感情達を必死に押さえ込み、柔らかく笑ってみせる。

だが、対する千夜は、理香の真意を探るかのように目を微かに細めた。


「本当?」


「……うん」


可愛らしい容姿にそぐわない顔と声を作ることができるのは、その見目姿を裏切る年齢の男所以なのか。

いや、違う。それだけではない。

この男は、きっと──。


「そう。なら、そろそろ俺の話をしよっか」


無意識に、ほ…、と安堵の息をついていた。


(──よかった)


なんとか、自分の胸の内を秘せる事が出来た。

安心して、千夜に視線を戻す。

途端。


「ああ、その前に」


突然、理香の細い右腕を千夜が掴んだ。

目を見張る理香に、彼が優しく微笑む。


「俺に、一つでも嘘をついてはだめだからね?俺は何よりも嘘が嫌いなんだ。これは、注告だよ。もし、君が俺に嘘をついたら──」


千夜の漆黒の瞳に危うい炎がちらつく。


「俺は、君に何をするかわからない」


だから、俺を(あざむ)かないでね。

冷たく残酷な感情を隠すかのように、彼が柔らかく笑んだ。


───ゾッとした。


彼の中の狂気を確かに感じた。

これが、なきじゃくる理香を暖かく抱き締めてくれた男なのか。

優しく穏やかに。明るく柔らかに。そんな風に笑っていた男なのか。

どっちが本当の千夜?どっちも本当の千夜なのか?

わからない。


「──じゃあ、本題に移ろうか」



***



「俺はね、ある日突然、赤く染まったあの道の上に立たされていたんだ」


理香の横に座り直した千夜が、片膝を立てて口火を

きった。

やんわりと話し始める。


「気がつけばそこにいて、戸惑うしかなかったよ」


千夜が身辺に落ちていた小さなガラスの破片を手に取る。


「で、そんな時に俺の頭の中に変な声が響いたんだよね」


そして、それを使ってコンクリートの床に傷をつけ始めた。


「厳かで冷たい声だったよ。だけど、そいつが色々と細かく教えてくれたんだ」


キイ、と高い音を立てながら床に白い模様が刻まれていく。


「そいつはね、俺にいきなり、平成って言う未来の日本を正せ、って言ってきてね」


やがて、どんな模様なのか理解できた。


「茫然とする俺に、まず、これらの道具を平成で集めろって」


そこに刻まれたのは、見た事のない五つの物だった。


鋭利な長剣、 短いけど飾りの多い杖、非常に巨大そうな大樹、真珠を連想させる長めのネックレス、そして──。


「これ、どういう事……?」


最後に書かれていたのは、小柄な女の子だった。

よく見てみると、心なしか自分に似ているような気がする。


心臓がドクリと大きく動く。


千夜がにこりと笑った。


「世界を破滅に導く女の子───君の事だよ」


頭が真っ白になった。全身から熱が抜け落ちた事にさえ気づかなかった。身動き一つだって取れなかった。

──今、なんと言われた?


(私が、平成の世界を破滅に導く?)


そんなの、非現実すぎる。なにを言っているんだか。勝手に、笑い声がもれる。


「何言ってんの。そんなの、ありえないでしょ」


だって、私は非力な女の子にすぎないんだよ。


彼が頷く。そうだね、と。


「確かに理香、君は武器を扱えないか弱い女の子だ。とても、破滅をもたらす子だとは思えない」


即座に返された彼の言葉に理香が安心したのも束の間。


「でも、なんで君以外の人影が欠片も見えないんだろう」


「え……?」


「人の気配も全くないね。これは、一体どういう事?」


一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

頭を働かすことが叶わなかった。自分が茫然としていたという事もわからなかった。


「おおよそ、予想はついているんだよね」


彼が理香の反応を楽しむように、横目で彼女を見つめる。


「この事はあいつに告げられなかったから、あくまで俺の推測にしかすぎないけど」


(嫌……)


「もしかしたら、理香以外の人間は全滅しちゃっているんじゃないかな?」


突如、理香の心を貫いた容赦のない氷の槍。無慈悲な氷は、貫いた理香の心まで凍てつかせてしまう。


「だって、いくら平成が、きかいか、が進んでいても力で敵わない敵がいないとは限らないよね?」


愉しそうに、彼が辺りを一瞥する。

千夜の視線の先にあったのは、荒廃した建物。おびただしい血だまり。残虐な過去の出来事があった事を色強くしるす光景が、そこら中にあった。

ああ。

せっかく、思い出さないようにしていたのに。

考える事を全力で拒否していたのに。


なぜ、彼はそんな残酷な事を面白そうに言うのだろう。なにを愉しんでいるの。


「この光景を見るとわかるよ。人々が恐ろしい敵を前になにも出来ず無残に死んでいったこと。そして、呆気なく死んでいった事から、人類は敵に対抗する手段がなかったこともね」


千夜の優しい声音なのに優しくない言葉が理香を再び、闇の底へとたたき落とす。


「ああ、でも他の国はどうなんだろうね?やっぱり皆死んじゃったのかな?」


ふふ、と本当に愉しそうに笑う。


「──ねえ、もしかして君のお母さんも、本当はもうすでに死んじゃっているんじゃない?」

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