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腹黒乙女と12の時代勇者様  作者: 朝月ゆき
【一章】 黄の乙女は始まりを知る
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〜安土桃山の勇者様(3)〜

「ふふ。もしかして、俺、理香より歳下にみえた?」


だとしたら心外だなぁー、と千夜が軽く笑う。

そんな彼に理香は。


「いや、ほんとありえないから。やばいよ…」


自分より四つも歳上だという事がわかった。

二十歳。──成人の年だ。

なのに、この身長差。


「うわぁ。これじゃ、もてないぞー」


見上げるまでもない。少し視線をあげればいい。

理香の身長はだいたい百五十五センチ。年上、そして男子であるのにも関わらず、全く身長差のない千夜。彼は、ざっと見たところ百六十センチくらいだ。


「ほんとに二十歳…?あり得ないんだけど」


「……っ、ひどいなぁ!小さくても俺、結構剣の腕いいし、格好いいよ?」


「自分でかっこいいとか言う時点でアウトだから…」


「あうと、って何?」


「………」


そうだった。安土桃山時代に外来語とか英語とかはあまり伝わっていなかったのだ。


(たぶん…)


もう少し、真面目に歴史の授業を聞いていればよかったかもしれない。

教科書がなんだか無性に恋しくなってしまった。


「ねぇ、理香」


「何……?」


さっきからずっと頭の片隅で気にしていたが、──いきなり呼び捨てにされてしまっている。

クラスの男子ですら、理香の事を相沢さん、と名字で呼ぶのに。


(まぁ、そんなことはどうでもいいけど)


基本、大雑把な理香だ。難しく考えるのはめんどくさい。


「理香、俺のこと知りたいんでしょ?ふふ、細かく教えてあげるよ」


何か企んだように笑うこの千夜から、妙な色香を感じたのは気のせいだったのだろうか。


(……外見は子供だけど、中身はちゃんと大人ってことか)


その時、理香が確かに理解したのは、彼がただものではないということ。

可愛らしい企み系男子。それだけではない気がした。



───そして、まもなく、理香は彼の正体を知る。



「よし、じゃあ時間があまりないから話しながら元の世界に降りよっか」


千夜がそう提案するなり、理香を片腕で抱き抱えた。

急な浮遊に慌てる理香に笑いながら、千夜は彼が現れた赤の道の上を歩き出した。


「ちょっ、どこにいくつもり!?」


「うんー?言ったよね、元の世界──つまり、理香の世界だよ!」


「それって、平成の世界って事?」


「そうそう!」


明るく、千夜が笑う。子供のようにあどけない表情だ。でも、理香を抱えるその腕は逞しい。着物の上からでもわかる、細いけどよく鍛えられた腕。


(………)


不覚にもドキリとしまった。

これが俗に言うギャップ萌えというものなのであろうか。


「さあ、いくよー!」


「え…っ!?」


千夜は理香を抱えたまま、赤の道から足を踏み出した。

そして───


「あっ、気絶したらダメだよ!」


焦ったような少年の声が徐々に遠のいていく。

突然の落下。気絶せずにはいられない────。



***



「──か、……理香っ!」


必死に自分の名を呼ぶ少年。自分を抱き抱える確かな腕。少年からふわりと香る木々匂いと微かな汗の匂いが混ざりあって、不思議と安心できるものだった。


「……千夜?」


力なく瞼を持ち上げると、優しい光が差し込んできた。 次にその瞳に映したのは、綺麗な漆黒の瞳。


「理香!よかった!──急に気を失ってしまったんだから、焦ったんだよ」


安堵を浮かべる千夜は理香を地面にひかれた鮮やかな布のうえに下ろそうとした。


────だが。


「いや…っ、このままがいい」


「理香…?」


思わず、彼の体にしがみ付いてしまった。

対する千夜は、理香の行動に虚を突かれたようだった。


(……離れたくない)


自分の衣服ごしに聞こえる彼の動悸。

トクトクとしっかり規則正しく動いている。

その事に、理香はふかい安心を覚えた。


(この人はちゃんと生きている…)


自身の前であっけなく散っていった命たち。大好きな親友、大切な友達も全員、彼女の前で無残に死んでいったのだ。

───理香は、まだ人は果ててないという確証がもっと欲しかった。

だから、この体温に癒された。


───だから。


「お願い、もう少しだけ…」


「理香……」


茫然とする千夜におかまいなく彼を強く抱き締めた。


「……理香」


何も言わないで欲しい。驚くのは無理も無いと思うけれど、今だけは許してほしい。


「理香……俺、上半身、裸…」


「…………は?」


千夜の動揺した声に思わず、彼を抱き締める手から力を抜いた。

そして、目を丸くした状態で彼の上半身を見た。


そこにあったのは、程よく付けられた筋肉。側にあった灯し火に照らされ、滑らかに、そしてどこか妖艶に薄い輝きを放つ肌。


こんなに綺麗な肌を拝めたのは、纏っているはずの服がなかったからだ。


ゆっくりと彼の状態を認識し──そして。


「ーーう、うぎゃあぁぁぁぁっ!!!」


強烈な悲鳴が辺りにこだました。




***




「落ち着いた?」


はい、これ。と渡されたのはどこから取ってきたのか、淡い桃色をした飲み物だった。


「あ、ありがとう」


おずおずと受け取り、それを口元に運ぶ。

途端、優しい桃の味が口内に広がった。甘さと酸味がほどよく調和していて、とても美味しかった。


「桃なんか、あったんだ!へぇー、意外だなぁっ!

あはははは……」


「ふふ、思いっきり棒読みだよ、理香」


わざとらしく笑う理香に千夜が面白そうに微笑む。


「もっと、体を和らげて」


苦笑しながら、千夜は理香の横に腰を下ろした。


「──っ」


勝手に体が強張った。隣から伝わってくる千夜の気配に全身が緊張した。


「──ううっ、千夜離れて…」


「あれ?俺から離れたくなかったんじゃないの?」


あれは、たまたま気が動転していただけだ。人恋しさが溢れてしまっただけ。冷静さを取り戻した今は。


「っ、言っておくけど、私は普通に羞恥心をもっているの!さっきのは、気の迷いだったのっ!」


思いっきり赤面して叫んだ理香は、はあはあ、と乱れる呼吸を整えようとし──そして、隣に片膝を立てて座り込んでいた千夜を強く睨みつけた。


一方的に弁解され、ポカンとしていた千夜は、ふいに理香の華奢な手首をつかみ、彼女の身体を引きよせた。


「ちょ……っ!?」


「じゃあ、ずっと気迷っていてよ」


熱い吐息が耳にかかった。


「まあ、理香が俺から離れたいって思っても、俺は理香を離さないよ。絶対」


唐突に、艶やかな笑みをその端正な顔に刻んだ千夜は理香を深くだきしめた。


(せ、千夜……っ!?)


急な抱擁に、また意識を飛ばしてしまいそうだった。


「だって、理香は──」


ヒュウ、と、冷たい風に彼の言葉が攫われてしまった。

おかげで、彼がなにを言ったのかわからなかった。


「ごめん、千夜。風のせいで聞こえなかった。なんて言った?」


問いかけると、ううん。なんでもない、と、千夜の微笑が返ってきた。

彼の返事に思わず、小首を傾げていると、彼が自身の懐から何かをとりだした。


「はい、理香」


「え…?」


これは…?、と突然差し出されたものと千夜を交互に見比べた。

千夜から受け渡されたのは、コロン、と軽く転がる赤い小石だった。


「がーねっと、って言う石だって」


「ガーネット…?」


「そう。どういう訳か、あいつがこれを持っていけって、俺に持たせたんだ」


「あいつ……?」


「ああ、そういえば、色々話してなかったね。だって君が気絶しちゃったから」


「うう……」


返す言葉がありません、と、項垂れつつも、心の中では全力で反抗していた。


(あんな所から飛び降りるとかふつう、あり得ないでしょ!気絶して当然だ!)


あんたの破格の馬鹿さが悪かったんだ!


そんな軽い暴言がつい出てしまいそうになり、寸前のところで慌てて呑み込んだ。


(あー、今はそんな事言ってる場合じゃなかった)


「じゃあ、知ってること全部話してよ。包み隠さずにね。……深夜になる前に」


「深夜になると、奴等(・・)は活動を活発にするんだよね。確かに、平和なうちにちゃんと伝えたほうがいいね」


そう頷くと千夜は、あっちに行こう、と夕日が背後に見える小さな建物を指差した。

どうやら、本当に平成の世界に戻ってきたらしい。

彼はガーネットを懐にしまい、理香の手を引いた。


(……うう、恥ずかしい)


された事の無い扱いに、思わず俯いてしまう。


それにしても。


(奴等が深夜によく動くってことまで、知っていたなんて)


やはり、それも千夜が言う、あいつ、が関与しているのか。


謎が増えていくばかりだ。はやく、彼から話をききたい。

理香は力強く頷いた。


「うん、行こう」


千夜がにっこりとし、理香の手を引いて、彼が示した建物へと向かった。


夕日が沈みかけていた。

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