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腹黒乙女と12の時代勇者様  作者: 朝月ゆき
【一章】 黄の乙女は始まりを知る
19/24

〜闇の使者(1)〜

 ──血のように真っ赤な空の下。

 理香は山奥にあった小さな川で水浴びをしていた。

 緑一色の木々に囲まれ、理香の下半身の付け根くらいの大きさはある岩石の隙間から流れる小川は心地よい音を緩やかに立てながら、理香の脚元を通り抜けていく。


 パシャっ、と小さな水音を立てて髪を掻き上げた理香は口許を緩めた。


 「ふう、良い気持ち〜〜」


 髪から落ちた水が腕や脚を伝い、体に染み付いていた臭いや汚れを消していくのを感じる。そのことに安堵した理香は、脱衣した制服を置いている川岸へと戻る。タオルがないので自然乾燥に任せる事にし、その場に体操座りの形で座った。


 「千夜と朝緋もちゃんと体、洗ってるかな……」


 二人は男性なので、もちろん違う場所──少し離れた中流辺りで水を浴びている。そう、先刻の化け物達との戦闘で身に染み込んでしまった敵の血の臭いを落としきるために。

 理香は微かに瞼を落とした。その表情は──暗い。


 (あの二人は、感覚がずれてるのかな……)


 化け物との戦いで思い知った、千夜と朝緋、二人の強さと残虐性。

 一人は戦闘、もう一人は拷問、とやった事は違うが二人は無慈悲であまりにも──残酷だった。

 あの時は二人の言動に何も出来なかった。


 ──否、何が出来た?


 「怖い……」


 知らず、本音が漏れていた。その事に気付くと、理香はハッとし、慌てて口許を両手で覆った。


 「だめ、だめだよ私。強くなるんでしょ?弱音こぼしちゃうなんて、絶対ダメなんだ」


 千夜の前で堂々と宣言し啖呵を切ったというのに、こんな簡単に弱音を吐くなど情けない。そう思うも、心の中では相反した言葉が響いている。


 ──仕方ないよ、まだ高校生なんだから。


 ──今なら誰も聞いてないよ?好きなだけ弱音、吐いていいんだよ?



 ──さあっ!!



 「……っ!!だから、ダメなんだってば!」


 胸裏にいる弱い自分の囁きに乗るなと、理性が叫んだ。大きな怒声を上げた理香は、はあはあ、と息を荒げながら両手で顔を隠した。


 その時だった。


 「──何が、ダメなんだ?」


 知らない、声だった。それが男のものだと悟ると同時に、背後から一瞬の強い風が吹いた。

 濡れた髪が乱れるのも気にせず、振り返った理香の目が捉えたのは──


 「こんな所で水浴びなんて、なかなかエロいな〜」


 年は、二十代前半だろうか。

 腰上まであるストレートの長い漆黒の髪を左耳下で緩く結んで胸元に流し、柔らかな目元は真紅。着服しているのは、漆黒のハイネックタンクトップと細やかな銀の装飾が施された黒のサスペンダー付きのカーゴパンツ。両手には薄い布地の漆黒のフィンガーレスグローブ、右耳には長めの銀の十字架イアリングが付けられており、首元には黒銀のチョーカーベルトが装着されている。

 中々のオシャレさんだとつい感心してしまっていると、揶揄する様な笑みを浮かべた彼が近づいて来た。その行動に、警戒する仕草を見せた理香だったが、下着しか着てないことに気付くと、慌てふためいた。


 「ふっ、今隠したって遅い!しっかり見ちゃったぜ?うん、結論から言うと……色々足りない〜!」


 「ぎゃああああっ!!何見てんの、変態ーっ!!」


 発狂した様な悲鳴を上げると、理香は早着替えをしながら川の水を掬い、男にばしゃばしゃと勢いよく掛けた。それは、何度も何度も。


 「ぶはっ!!やめろって、服が濡れるだろー!」


 両手を使い必死に、降りかかる水を弾きながら男は絶叫を上げた。自分の身の心配より、服の心配らしい。身なりからして、かなりのオシャレ好きだと伺えたが、この反応で確信。

 羞恥に全身を赤めた理香は構わず、水を掛け続ける。それこそ、剛速球を投げる様な威力で。

 だが、すぐに男はその場を蹴り、宙に浮くと自然に一回転して軽やかに着地した。──理香の後ろに。


 不意をつかれた。


 「は〜い、いい加減にしような。頼むから、服だけは濡らすな。この格好、気に入ってるんだよ」


 僅かに低められた声には、微かにだが怒気が滲んでいた。腹立つほど整った顔は笑っているが。

 振り向く前に後ろから抱き締められ、手首を取られた。咄嗟に抵抗しようと試みるも、手首を掴む彼の手は力強い。──細腕と言っていいほどなのに。そんな事をふと思っていると、気付いた。


 「って、あなた人間!?うん、姿からしてそうだろうけど、えええっ!!?私以外にも日本で生きている人っていたの!?」


 今更ながらの言葉だが、尋ねずにはいられない。

 これ以上なく目を見開かせ、口をパクパクさせていると、彼女の驚き様に目を丸くしていた男は苦笑した。


 「うーん、人間っていったらそうなのかもしれないけど……こっち(・・・)の人間はこんなことできないんだよな?」


 は?と怪訝を露わにすることはなかった。

 男が理香の腰を抱く手の指を軽い音を立てて鳴らすと、目線の先──川の水が、消えた。


 「ちょ、は……?」


 「驚いたか?こっちは魔法がないみたいだから、魔法見せたときの反応が楽しい〜〜。ちなみに、今の魔法は『複合魔法』っていう、魔法の中でも上級の魔法だ。今回のは『結合』と『転移』を組み合わせたやつなんだぜ?」


 男はどこか自慢気に言い、愕然とする理香の頬を指先でツンツンすると、次に中流の方を指差した。

 その顔には、満面の笑み。


 「で、川を流れてた水は全部、あっちにいる勇者達にぶっかけた〜。今頃、凄いことになってんだろうな」


 「──は!?」


 次々と訳のわからない事を言われ、必死に彼の言葉を呑み込もうと動かしていた脳もキャバオーバーしてしまった。


 「勇者たちに言っておけ。──至宝は大事にしないとすぐに奪われちゃうぜ?ってな」


 混乱を極める理香を面白そうに見つめた彼だったが、笑いながら意味深な言葉を発した。そして、彼は理香の顎を指先で持ち上げた。


 「あなたは……誰?」


 小さな声で問いかけた理香は、揺れる目を彼に向ける。その手は、震えていた。


 「俺は──零月(れいげつ)。お前と不思議な糸で繋がっている男だ」


 彼は──零月は妖艶に笑った。全てを呑み込む闇を連想される瞳に吸い込まれそうだ。

 魅入っていると、彼の唇が自分のそれに重ねられた。


 「──っ!?」


 突然の出来事に限界まで目を見開くと、口付けが深くなった。閉ざされていた理香の唇は熱を持った彼の舌に無理矢理こじ開けられ、貪るように口内を堪能された。

 普通のキスでさえした事のない理香にとってそれは酷く衝撃的で、抗う力もごっそりと奪われてしまった。

 後頭部を角ばった手に固定され、更に口付けが深まるのを感じ、理香は瞼を固く閉じた。両脚が震え、その場に崩れ落ちそうになるが、腰にまわっている彼の腕がそれを許さない。


 どれくらいの時間が経ったのだろうか。


 目端に小さな涙を浮かべた理香に気付いたことにより、唇が離された。


 はあはあ、と息を荒げる理香は力強く目先の彼を睨み上げた。


 「いきなり……いきなり、何すんのよ!」


 「?キスだけど?」


 「知ってる!!」


 声を荒げる理香だったが、零月は飄々としている。それが癪に触り、一発殴る!と意思を固めたが、彼は素早い動きで身を翻し、後ろに下がった。──その顔に浮かんでいるのは愉悦。


 「あ〜、やっぱりお前面白いわ。反応が俺好み。もっとからかってやりたい……けど」


 言葉を途切らせたと思ったら、彼は何処からともなく銀の刺繍が入った漆黒のリボンを取り出した。それはかなりの長さがあり、微かに吹く風と仲よさげに戯れている。

 その様子に意識を奪われていると、髪にそれをリボン結びで付けられた。一瞬で。


 ──そして。


 「『呪縛』」


 ……不吉な言葉が聞こえたのは気のせいだったのだろうか。否、確かに聞こえた。『呪』、と。


 「これで、これがお前の髪から外れることはない。感謝しろよ?俺が贈り物したのはお前が初めてなんだからな」


 「は?」


 一方的にそう告げると、彼は笑みを刻んだまま言った。


 「──じゃあ、またな」


 その声が耳朶を打つと同時に──彼の姿が消えた。

 

 取り残された形になった理香は呆気にとられていると、地面に小さな影が現れた。上空を見上げると──


 一匹の鴉が西方に飛んで行った。


 ***


 「【鴉】(コルヴォ)はどこに消えたんだっ!」


 真紅の大空の下──荒廃した世界を一望出来る丘に男の怒声が響き渡った。

 荒い足さばきで丘を登って来た男──漆黒の短髪に赤の双眸を持った男は闇色のローブを翻し、丘の頂上に静かに佇む二人の男を睨み据えた。

 すると、くすり、と面白おかしそうに一人の男が笑った。


 「【豹】(パンテーラ)、そう苛立たずとも、彼はいずれここに戻って来ますよ」


 【豹】と呼ばれた男と同じ、漆黒の長髪を後頭部で高く結い上げている男は、端正な顔に怒りを隠せていない【豹】を宥めた。

 彼の横に立っているもう一人の男も、長い前髪を掻き上げると、厳しい目をして【豹】を見る。


 「【豹】……お前は煩い。成人したのだから感情的になるな。感情を昂ぶらせないのは、我ら暗殺部隊の鉄則だ。──【鴉】……あいつの勝手な独行は今に始まった事ではない。あいつの事は放っておけ」


 冷たくそう言い捨てた時だった。


 「そんなに俺に会いたかったのか〜?」


 暢気な声が上空から聞こえると同時に、バサリと羽音がした。音先には一匹の鴉。それは淡い光に包まれると── 一人の男が姿を現した。

 【豹】と言葉を交わしていた二人の男は僅かに目を細めた。


 「【鴉】……今度は一体どちらに行っていたのですか?」


 敬語口調の長髪の男が嘆息しながら問うと、食えない笑みを浮かべる男を見据えた。

 男は耳元の十字架を揺らし、笑みを──含みのあるものへと変えた。


 「面白い女を見つけたから、俺の名を教えてきた〜」


 「「「は??」」」


 その場に居合わせていた三人の声が見事に重なった。目を丸くさせた三人に、わ〜いい反応〜〜、とニヤニヤする男は懐から三本の短剣を取り出した。そして突然、それらを三人に一本ずつ投げ放った。


 「「「っ!!?」」」


 不意を突かれた男達だったが、ぎりぎりで攻撃を回避し、後方へ下がった。


 「──っ、何すんだよ!てめぇ!!」


 殺気を(ほとばし)らせ、【鴉】に殴り掛かろうとした【豹】だったが、変わらず笑みを浮かべ続ける【鴉】の前には何か結界のような物が張ってあり、彼の動きは止められた。


 「驚くのはいいけど、いちよ俺たちは“ 暗殺 ”を本業としてるからな。──油断は禁物だぜ?」


 やはり笑みを浮かべ、そう言う【鴉】だったが、その笑みは嘲笑の類のもので、血のような目には危うい光が散らついていた。


 「さ〜て、そろそろ“ 命令 ”を実行しようかね」


 短剣を指先で回す【鴉】の視線は、【豹】達三人ではなく、壊れた世界へと向けられていた。


 

 「──まずは、“ 平安の勇者 ”と“ 昭和の勇者 ”を抹殺する」




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