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腹黒乙女と12の時代勇者様  作者: 朝月ゆき
【一章】 黄の乙女は始まりを知る
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〜鎌倉の勇者様(6)〜



 先刻まで理香たちが居たはずの大きな街は跡形もなく消滅してしまった。禍々しいと言っても過言ではないほど黒く染まった煙が燃えた街から上がっている。そして、邪悪な煙が向かう先にはーー


 「なんで、あんな色に……っ」


 かつて青かった事を忘れさせる血の色が広がっていた。 残酷になってしまった空が見上げる先にあるーー。


 「どうやら、異常現象みたいだけど……綺麗だね」


 「え…」


 隣に並ぶ千夜から、あり得ない言葉が出た。

 この、今にも血が降ってきそうな空を美しいと言うのか。


 「あんたの感性、イカれてるよ。絶対」


 「そうなの?」


 不思議そうな顔をして小首を傾げた千夜だったが、次に、木陰で静かに瞼を落としている朝緋に視線を流した。


 「ねえ、ずっとここに居るつもりなの?サレイド君達に見つかるかもよ」


 そう呼び掛けると、朝緋のアクアマリンの目がゆっくりとした動きで開眼した。そして、音も無くその場に立ち上がった。彼の無感情な瞳が理香と千夜を見る。


 「……先程まで、彼等の行動を観察していましたが、どうやら理香さんを無我夢中で探しているだけの様ですね。ただ、闇雲に動いている状態です。彼等には、気配を察する様な術は無いそうですね。あるのは、強靭な刃と業火の咆哮。動きも気流に乗らなくては十分に速度が出ない様です。ーー大丈夫です。彼等に見つからず逃れられそうです」


 初めて、長々と話したと思えば、発された内容は彼の洞察力を推し量るものだった。

 燃えカスの集まりと化したあの街の上空には未だに数匹の竜が舞っているが、彼は数分ほどで竜達の情報を的確に掴んだ。

 理香の目にはただ、竜が咆哮を上げながら動いていると言うことしか分からないのに。


 「わあ、凄いね、朝緋君。短時間でよくそこまでサレイド君達の情報収集できたねー」


 パチパチと拍手しながら千夜が朝緋を褒め称えたが、無邪気を装ったその笑みはどこか胡散臭い。

 そんな千夜を理香は白い目で見たが、朝緋は別に何も感じていないのか、一人、呟きを落とした。


 「……もうすぐ、夜が明けます。もう出発した方がいい様ですね。ーーその前に」


 そう言うと、朝緋は纏っている藍の着物の袖から、小さな刃を二本取り出し、それを目で追うことができない速さで一本の木に放った。

 次の瞬間に聴こえた何かが落ちた音に、理香と千夜はその音先を見遣った。


 「……食量です」


 それだけを呟くと、何かを拾った朝緋から、それらを手渡された。

 渡された物を瞳に映すと、理香の顔は訝しげに歪められていった。


 「なに、これ…」


 それらは、理香が見たことの無いものだった。

 手のひらサイズの丸い球体は赤一色。まるで、リンゴだ。だが、そう感じるのも、そこまでしか見なかったらだ。リンゴと違うと断言させるのは、それらが黄緑の斑点を持っていることに気付いた後だ。匂いも、切っていないというのに、芳醇という言葉を体現した様なもの。

 一体、これらは何だというのか。


 「何これ。理香、君も知らないの?」


 理香の右肩に顎を乗せ、興味津々にそれらを覗き込んできたのは千夜だ。

 先刻、嫌いとはっきり理香に宣言したのにも関わらず、ふいに親しげに理香に接してくるから、謎だ。


 (まあ、そんなことは気にせずに…)


 首元に彼の温かな息が時折当たり、思わず動揺してしまうが悟られたら恥ずかしい。だから、理香は必死に気にしないふりをして目先のリンゴもどき達を見据えた。


 「これ、見たこと無い。て言うか、地球にこんな物があったの?外国ではあり得るかもしれないけど、日本にはないでしょ」


 初めて目にするリンゴもどきに首を傾げたが、いつの間にか大量にそれらを木から切り落とした朝緋がそれらを両腕に抱えたまま、理香達に歩み寄った。


 「……今、食用として利用できるのは見たところ、これらだけの様ですので、これらを食べておいて下さい。私はここで仮眠を取っておきますから」


 なんて悠長な勇者様だと理香は思った。

 彼は、理香と千夜に踵を返すと、一本の樹木に背を預け、立ったまま腕を組み、静かに瞼を落としてしまった。


 「……寝ちゃった」


 「どうやら、ずっと寝てなかったみたいだね。疲れた様子は一欠片も見せてなかったから凄いね。さーて、俺も寝ますか」


 「えっ!?」


 朝緋同様に驚く理香を置いて、千夜は片膝を立て、その場で意識を遮断させてしまった。


 「えっ、すぐに出発するんじゃないの!?」


 思わず、そう叫んでしまったが、帰って来たのは小さな二つの寝息。

 この二人、眠りに付くのが早すぎる。


 「まあ、出発の前に、このリンゴ?を食べろって言われたけど……生で食べていいのかな」


 真紅の球体をしたそれらには、黄緑色の斑点が。

 正直、こうして見ると不気味だ。


 「っ、悩んだって仕方ない。お腹壊した時はその時だ!!」


 そうして、理香は一人寂しく、それらを食した。



 ***



 「ふあ〜、よく寝たぁ」


 可愛らしい欠伸をしながら、軽い仮眠を取った千夜は両腕を上げて体を伸ばし、理香の方を見た。

 そこで気づく。


 「また寝てる…」


 彼女は、赤い果実の芯が無数に転がっている中に、猫の様に体を丸めてすやすやと穏やかな寝息を立てて眠っていた。

 無防備なその姿に、ひどく気に入らないことに思わず意識を奪われてしまった。

 うっすらと淡い色をしたその柔らかな頬に、つい、自身の指を伸ばしてしまう。すると、熟睡している様である理香から、小さな吐息が漏れた。ふと、千夜の視線は彼女の目元に惹きつけられた。


 「ひどい隈…」


 よほど疲れが溜まっていたのか、それは濃かった。そして、それは自分が彼女と出会う前から彼女がいかに辛く大変な思いをしてきたか悟らされた。


 「でも、かわいそう、って同情なんかしないよ?」


 自分は人の甘さや善意が嫌いだ。嘘も、綺麗事も全部。

 だって、それらは優しさに見せかけた保身にしか過ぎないから。


 だから、不服としながらも忠誠を誓ったこの女に同情なんてしない。優しくなんかしたりしない。


 ーーでも。


 「君には……」


 笑っていてほしいな。


 君の甘さと弱さは殺したいほど嫌いだけど、不思議と、俺を見るたびにころころ変わる君の表情は嫌いじゃないから。


 だから、まだ俺が目にしたことのない君の心の底からの笑顔も見てみたい、な。


 胸裏で、らしくなくそう呟くと、彼は。


 すくい上げた彼女の髪の一房に口付けを落としたーー。



 ***



 「……理香さん、そろそろ起きて下さい。出発しますよ」


 淡々とした声。

 それが、理香の耳朶を打つと。


 「……うぅ、やっと?」


 まだ焦点が定まらない目を動かしつつ、理香は、重たい体を起こした。


 「おはよう、理香。お寝坊さんだね」


 「え、私、そんなに寝ていたの?」


 「まあ、結構寝てたと思うよ。空が赤いから朝か夜のままなのかよく分からないけどね」


 寝ぼけた声を出す理香に、そう答えたのはいつの間に目を覚ましていたのか、千夜だった。

 何も感じさせない朝緋の目が理香に向けられた。


 「……すぐにここから離れるべきだと思っていましたが、竜たちが先にどこかへ去ってしまったので、行動に余裕が持てました。ですが、必要最低限な事はしたので、ここを後にします」


 「どこ、行くの?」


 先刻から彼は移動をすると言っていたが、肝心のその目指す先を聴いていない。

 朝緋は理香に目を合わせることもなく、彼女に背を向けた。

 そして、告げる。


 「……目的地はありません。ただ、旅に出るのです」


 「旅……?」




 「……ええ。【声主】が言っていた【祈りの神具】を探すために」

 



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