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腹黒乙女と12の時代勇者様  作者: 朝月ゆき
【一章】 黄の乙女は始まりを知る
12/24

〜鎌倉の勇者様(3)〜

「ーーサレイド君、理香は全然理解できていないようだよ?詳しく教えてあげてよ」


その場に立ち尽くし続ける理香を横目で見遣り、千夜はリーダー格の竜ーーサレイドに促した。

サレイドはそんな彼を一瞥することもなく、しかし我を忘れたままの理香に目線を合わせた。


『理香様…、あまりにも急で唐突過ぎたことだとこのサレイドも重々分かり得ています。ですが、私達はあなたをあのお方の元へお連れしなくてはなりません。とはいえ、あなたは私達のことを何もお知りではない。このままでお連れしてはあなたは錯乱してしまう。ですから、先にあなたにお話をしましょう』


巨大な見かけに反して、その口調は敬いと慈愛を孕んだものであった。理香を見つめるその真紅の瞳も同様で、敵愾心などは微塵も無かった。


『理香様ーーお話をしてもよろしいでしょうか?』


恭しく理香の了承を得ようと再び首を垂れようとしたサレイドだったが。

次の瞬間、竜独特の瞳孔が開いた。

彼の後ろに跪いていた他の竜達も、そして愉悦の笑みを浮かべていた千夜までもが動きを止めた。


ーー理香の表情が幾つもの仮面のように取り替えられていったのだ。


ただ呆然と見開いていたものから目から涙が。

涙が一粒地に流れ落ちた次には恐怖に。

血の気が引いた後には怒りに。

そして、怒りが憎悪に。


目まぐるしく変化した。

表情が。感情が。


そして。


「う、ゔあああああああああああああっ!!!」


全てを破壊するような狂った絶叫が沈黙の夜を切り裂いた。


『!?』


それまで大人しく傅いていた竜達が急変した理香の様子に目を見開き、動揺する素振りを見せた。

サレイドや千夜までもが一瞬、瞠目する。だが、冷静沈着という性質が幸いしたのか、すぐさま、発狂したかのように泣き叫ぶ理香を、千夜は力強い腕で抱き寄せ、サレイドは宥めるように大きな漆黒の翼で千夜ごと包み込んだ。


「うああ…あぁっ…」


「落ち着け、理香。俺たちはまだ生きている。人間は皆死んでいるわけじゃない。それに、お前のそばには俺がいるだろう?」


『理香様、どうか泣かないでください。貴女がその様に悲しまれると我々も痛みを感じます。だから、どうか……』


千夜は、口調を変え、理香を安心させる言葉を選び、彼女を抱き続け、サレイドは懇願するかの様に理香に語りかける。


混乱状態に陥っている理香の脳裏には、決して思い出したくない惨劇が浮かんでいた。

無意識に忘れようとして思い出さないようにしていた記憶。

真っ赤に染まった母親が救いを求めるように天に向かって腕を伸ばし、助けて助けてと呟いて、側にいた娘を見て涙を流した。

そして。


あなたは生きて。


そう懇願して。


死んだ。


ああ、そうだ。

たった一人の家族であった母親はそうやって死んでいったのだ。

親友も同じクラスだった友達も近所のみんなも母親と同じように助けを求めて。


死んでいったのだ。


(……みんなは)


殺された。


この、竜達(ばけもの)に。


「……消えて。消えてよ」


『理香様…?』


脳に響くその声。

とても耳障りだった。自分の耳を引きちぎりたくなるくらい忌まわしい声だった。身の中に燃えている憎悪の炎が体から突き出そうなくらい激しさを増した。

戸惑う竜達に向かって叫んだ。

怒りを。

悲しみを。

憎悪を。


叫んだ。


「消えてよ消えてよ…っ!!なんでみんなが死んであんた達が生きてるのよ!なんでなんでなんで!?消えて消えてよ!殺してやる…っ!!」


平和に生きていれば吐くことがなかっただろう狂った言葉。

平和に生きていれば抱くことはなかっただろう感情。


経験したくなかった。

こんな言葉を吐くなど。こんな感情を抱くなど。


「…理香」


理香を抱き締める千夜が泣き叫ぶ理香を抑えるように彼女の頭を撫でる。

だが。


「放して!殺してやる、こんなやつら!私が消さないと!!こいつらは生きていたらダメなんだ!!死ぬべきなんだ!!」


「本当に出来るの?」


憎悪の炎を瞳に宿す理香に水をかけるかのように千夜が問いかけた。

一瞬、理香の動きが止まった。


「理香はちゃんとこいつらを殺せるの?目の前で沢山の鮮血が散っても平常心でいられる?肉を引き裂く感触に耐えられる?返り血を浴びても笑える?」


「平気よ!!」


なんの感情も浮かんでいない千夜の顔。

彼をぎこちない動きで仰ぎ見た理香は大きく目を揺らした。

それを千夜は見逃さなかった。


「ほらね。所詮、温室育ちの女の子にはどんなに相手が憎くても、相手を殺める恐怖、自分が穢れたくないという思いが心のどこかにあるんだ」


そう吐き捨て。

千夜は理香を突き飛ばした。


『貴様…っ!!理香様に何を…っ!!』


「うるさいよ、竜ども。今、お前達は理香に絶賛憎まれ中なんだよ。下手に口出ししないほうがいいと思うよ?」


嘲笑をサレイド達に向け、千夜は地面に座り込む理香を見下ろした。

それは、とても冷たくて。

軽蔑さえ孕んでいて。

失望したようだった。


「残念だよ、理香。少しは期待していたのに。ちょっと脅しただけで怖気付くなんて」


俺の主に相応しくないね。


冷たくそう吐き捨て、千夜は理香の前髪を片手で掴みあげた。

痛みに顔を歪める理香に構わず、そのまま言葉を続ける。


「知ってる?理香。俺が最初に君に会った時、泣き崩れる君を見てがっかりしたんだよ。ああ、こんな弱くて愚かな小娘に俺がへり下るなんて、てね」


ギリギリと、理香の髪を掴み上げる手にさらに力がこもり、その力強さに理香は唸り声を漏らした。理香の目端に涙が現れる。


「泣いても無駄だよ。余計に俺の苛立ちが増すだけだ」


冷酷に言い捨てる千夜に理香は反抗出来なかったが、代わりにサレイド達竜がいきり立った。


『貴様、いい加減にしろ!!その汚らわしい手を

放せ!!あの方々が黙っておらぬぞ』


「…へぇ?誰?あの方々って」


『お前に語るのも恐れ多い方々だ。あの方々が理香様をこんな目に合わせるお前に天も揺るがす制裁を加えるぞ……そして、この私もな』


もう、我慢の限界だと言わんばかりの憎しみの言葉を放ち、サレイドはその場から飛び立った。

そして、一つでも何十メートルもあるだろう翼を広げ、暗雲に覆われた天に向かって世界を揺るがす咆哮をあげた。


『…っ、サレイド様!理香様ごと吹き飛ばすおつもりか!!』


『怒りで我を忘れておられる!我々で理香様を守るぞ!!』


『理香様を背に乗せて、急いで飛ぶぞ!!』


焦りを浮かべた竜達が理香を保護しようとした時だった。


「勘違いしないでほしいなぁ。別に俺は理香に失望しただけで、見限ったわけじゃないんだよ。だから、理香はまだ俺のもの。君たちなんかに渡さないよ」


そう言って、理香を片手で抱き上げ、地に刺していた長剣を引き抜き、寄ってきた竜達に剣先を向けた。


「それ以上近づいたら、殺すよ?俺…見つけちゃったんだよね、君たちの弱点。」


『なんだと…?』


「ふふ、サレイド君の方は怒りのあまり俺の行動とか目に入らないようだから、弱点はない(・・)のかもしれないけど…君たちには十分当てはまるよ」


そう言って、千夜は理香を抱えたまま後ずさった。


「けど、君たちを相手にする暇はなさそうだね…っ!!」


そう叫んだ途端、天から凄まじい風が襲いかかった。


『っ、サレイド様!?』


『間に合わない!!このままでは我々までもが!』


竜達は退くのが一歩遅すぎた。


千夜に放たれたはずの風の咆哮はサレイドの仲間であるはずの竜達を襲った。


『ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』


幾つもの悲鳴が辺りに轟いたが、豪風が吹き止むことはなかった。

巻き込まれた竜達の逞しい体から鮮血が溢れ、その血すらも風に取り込まれ、真っ赤な風が壊れた街を覆った。


千夜は尋常じゃない素早さでその場を離れ、轟音が鳴り響く中、血に染まりゆく街から出るべく駆け続けた。


「まだ、サレイド君は気づいてないようだね」


あれは憤りに支配されて周りが見えていない。

自身の仲間を悲惨な目に合わせてることにさえ気づいていないのだ。


「さあ、どこに逃げよっか。理香」


「……」


「…っち、まだショックを受け続けてるようだね。さて、どうするべきかな」


苛立ち混じりの舌打ちをした千夜だったが、ふと目を向けた先にいた存在(・・)に目を見開かせた。


「君は、誰かな?」


「……朝緋(あさひ) 。生きたいなら私について来なさい」


千夜と理香の前に現れたのは長い銀髪とアクアマリンの瞳を備え持った美貌の男だった。



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