賭け
コメディなのかコメディーなのか。迷う事ってありますよね。
「どれ、今日もまた一つ賭けをしようじゃないか。」
焚火をつつきながら、いつものように彼が切り出す。恒例行事のように一日一回彼から提案されるこの「賭け」は、発案者の彼曰く「山肌と木々と街道ばかりの旅を楽しくするスパイスのようなもの」らしい。
「こんな遅くに?今日はもう無いものと思っていたのだけど。」
実際、辺りはすっかり暗く、夕食もすっかり腹に収まっている。どちらが先に不寝番をするかを決める他無いというような時間の筈だ。
「何、明日には響かないものを選び取るつもりだよ。そこは安心して大丈夫だ。」
口ぶりから察するに、すっかり忘れていたのだろう。内容すら決まっていないらしい。
「ならば先に賞品を決めておこう。全部お前に任せると、どう転んでもこちらの損になりそうだ。」
いつの事だったか、賭けの内容もすっかり忘れてしまったが(それほどどうでもいい内容だったように思う)、久々に彼を負かせた際の賞品が「次の賭けを考えていい権利」だった時以来、覚えている限りでは先に賞品を決めるようにしている。「今日一日で虫を踏むか」や、「日が暮れるまでにはたどり着くであろう宿場町での飯は旨いか」等、大抵がくだらない内容とくだらない褒賞な辺り、彼の言葉通り隠し味の香辛料程度に些末な行事なのだろう。
「ああ、先に言っておくが、金絡みは無しだ。ちょっとした楽しみの賞品が銀貨数枚だなんて、これ程無粋な事もないだろう。」
パチパチという音と共に、彼の火掻きの枝が少々乱暴になる。次に着いた宿場での宿代を賞品にした事を未だに根に持っているらしい。
「そうだな。ならば明日の朝飯の確保でどうだ。そろそろ干し肉の量も心許ない。」
彼に合わせつつも、彼の口から何が科せられるか待ち構える。私自身、この遊びがそう嫌いなものではないらしい。
「よし決まった。ならば、これを。」
と、彼から手渡されたのは、握り良い大きさと言う以外に特徴らしい特徴が無い石にしか見えなかった。
「見た所ただの石に見えるな。まさか、これを起点に物々交換で家を手に入れろなんて言わないだろう。」
いつだったか、彼が宿で得意げに話した逸話のようなものを思い出す。藁や蠅でなく石な分、難易度は馬鹿馬鹿しい程に高いように思えた。
「明日に響かないものといっただろう。そんな石っころ一つに君は何を見出しているんだ。それに、家を手に入れてどうする。旅を止めては、この賭けが出来なくなってしまうじゃあないか。」
確かに我ながら途方もない想像だ。旅の生きがいを賭けに見出す彼もどうかとは思うが。
「今回はほら、あれだよ。」
と、彼が焚火から解放してやった枝の先には、何か動くものが。目を凝らしてみると、そこには兎が一羽、遠巻きからこちらを窺っているのが見えた。
「君の一投で、あれに当てられるかな?」
「こう暗いんじゃあ無理だろうね。僕は外れる方に賭けよう。」
先手を打たれる。確かに彼の言う事は尤もだが、そう断言されると面白くない。
「いいだろう。見事当てて、明日はゆっくり目覚めさせてもらうとしよう。」
前に似た賭けをした気がする。あの時の標的は確か、木の実だったか。そして賞品は・・・。
「あっ。」
思い出して彼の方を見るが、もう遅かった。火に魅入られるかのように棒立ちをしていた野兎は、突如飛んでくる何かに対応出来ずに、投石に倒れた。
「いや、見事見事。少し君を見誤っていたらしいな。」
言って立ち上がり、彼が兎の方に向かう。結末の予想がついただけに、ちっとも嬉しくない勝利だ。
「喜ぶといい。明日の朝は新鮮な肉だ。」
もっと根本的に「いや、この話笑えねぇだろう。」と思う事もちょくちょくありますが、大抵何に入れるか迷った時はコメディーに突っ込んでます。