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苦手な方はご注意ください。

ユリイカ短編選集

北ノ宮変異事変

作者: ユリイカ

4月25日


「ちょっと猛人たけひと!あんたまた力を解放して!やめなさいって何度も言ったでしょ!」


 またやってしまった。気分が鬱屈すると「波動練気」で周りのものを吹き飛ばしてしまう。おかんが激怒するのも無理はない。俺の部屋が台風でも上がり込んだかのように滅茶苦茶なのだから。

 

「帰って来たら掃除するよ、じゃあいってきまーす」

「待ちなさい!」


 おかんを無視していつも通り学校に行く。喝を入れた後は気持ちがいい。

 どこかで轟音が鳴り響いては悲鳴が聞こえたりする以外は特に変わり映えのしない日常の風景。

 

「おはよーさん」


 中央一番後ろにある自分の席に向かうと、隣の席で幼馴染の珠緒たまおに挨拶をした。

 

「なんだ珠緒、化粧でもしたのか?」

「何バカな事言ってんのよ、何もしてないわよ」

「いや、何かちょっと老けたような、気のせいか?」

「JK捕まえて老けたとか何言ってるのよ!それよりタケちゃんこそ元気ないじゃない、疲れてるの?」

「いや、朝から波動練気を使っちゃって、正直もう体中がガタガタで立っているのがやっとだわ」

「だめだよタケちゃん、『高次力』を使っちゃあ!」

「分かってるよ、でもスカっとするんだよなー」


 席に着いて初めて気付いたが、何やらクラス中がどよめいている。

 

「なあ珠緒、みんなどうしたんだ?何だか騒がしいけどまた犠牲者が出たのか?」

「うん、成瀬君が発狂して学校に来られなくなっちゃったんだって」

「マジか」

「なんでも『百奇眼』で自分の顔を直接見たらしくてさ。自分の顔を見るのは鏡やガラスなんかに映して見ないと有害なんだって知らなかったんだよー」

「俺も知らなかったわ」

「校内じゃ有名だよ。タケちゃんは使えないから知らないだろうけど」


 百奇眼か…あれが蔓延しているおかげでいつも見られてるんじゃないかとビクビクしてる。

 

 さて、ホームルーム前だから全員居るはずだが、まだ誰か足りない気がする。


「あ、そういや、ひっきりなしに空間転移してた馬山まやまは?」

「馬山君は死んだわよ」

「えっ」

「空間転移に失敗して、内臓を残したまま転移しちゃったんだって」

「何だよ!バッカだなぁ」


 死んだ人間にバカとは何だと思うかもしれないが、何せこれでもう死んだクラスメイトが8人にも及ぶのだ。

 その全てが高次力を使いすぎたか、或いは誰かから高次力を受けたかのどちらかだ。

 

「高次力」とは、ある日この北ノ宮町を襲ったウイルスによる変異から生まれた能力としか分かっていない。

 あとは個人の性格や感覚の優位性によって感染する能力が違うという事。

 

 例えば目が良い人間は「百奇眼」、耳が良ければ天使の歌声さえ聞こえるという「天界耳」と言った風に。

 ただどんなに素晴らしい能力も全て代償が存在する為、無闇に使う事は禁止されている。

 

 それなのに誰もが軽い気持ちで高次力を使う。隠れて使えば問題ないと思っているのだろうが、そのほとんどが悲惨な結末を迎えている。

 

 能力は使う度に威力が増大し、新しい追加効果を得る事もある。恐らくこれが能力を使う事の誘因になっているのだと思う。

 俺の波動練気も使う度にスカっとする感覚が強くなっているし、範囲も威力も軒並み上昇しており、正直言うともうその気になれば人を殺せるほどにまで成長していた。

 だがその分、反動も比例して大きくなるのは言うまでもない。

 

 俺は怖れていた。俺の力が俺自身を滅ぼす時がいつか来るんじゃないかと危惧していたからだ。

 

 

5月1日



 学校は次第に混沌としていき、まともに授業ができるような状態では無くなっていた。教師も生徒に危害を加えられる事を怖れて授業を放棄するようになり、それから授業は希望者を募ってその都度行われる、という形式になっていった。

 

 授業自体も国語や数学ではなく、この混沌とした社会を生き延びる処世術のようなものにシフトしていき、参加するのは生徒だけでなく、希望があれば大人も参加する事ができた。

 

 なので身の回りには一般人の姿が所々見られるようになった。

 うちのおかんも「面白そう」と言って俺と同じクラスで授業を受けていた。 

 

 

5月7日

 

 

 学校が避難所となり、一般人の数もどんどん増えてきた。

 ウイルスが感染しているのはこの北ノ宮町だけらしく、政府から救援物資が来ていたのが唯一の救いだった。

 今日はその配送日なので、おかんが校門まで救援物資をもらいに行った。

 

 だが戻ってきた時、おかんはバイクにまたがったモヒカン連中に追われていた。

 

「ヒャッハー!汚物は消毒だー!」


 モヒカンは口から火を吐き、おかんのパーマをチリチリパーマにしていた。


「キャー!って、誰が汚物じゃい!」


 おかんを守る為、俺達2年4組の一団はみな高次力を使ってモヒカン共と戦う事にした。

 俺は波動練気を出そうと身構えた。

 

「くらえ!ショックウェーブ!」


 …あれ?出ない。

 カッコよく横文字の技を叫んだのに何も出ない(泣)

 

 右腕でもどこでも、集中した箇所から波動を飛ばして相手を倒す事ができるはずなのに、何も起こらないのだ。

 みんなの前で一度くらい目立ってみたかったのだが、何も出来ずただ見守る事しかできなかった。

 

 モヒカン共は無事に撃退できたが、俺は意気消沈していた。

 

「おい、猛人。何でお前、高次力を出さねぇんだよ」

「出そうとしたけど出なかったんだよ!」


 元々、波動練気は感情が高ぶらなければ出せないので、好き勝手に撃つという事はできないが、それでもあの精神状態なら簡単に出せたはず。なのにどうしてだろう。

 

 不可解な点はもう一つあった。

 ゴールデンウィークは明けたが、珠緒の姿が見えないのだ。無遅刻無欠席のまじめな生徒だったのに何があったのだろうか。

 

 珠緒の家に行ってみたかったが、もう町は危険な状態なので、おいそれと一人で出歩く事はできなくなっていた。

 

 

5月8日

 

 

「ショックウェーブが出せないなんてショックねー(笑)」

「うるせー!」


 俺は昨日の事でおかんにバカにされていた。

 おかんの横にはマントで身を包んだ見知らぬおばさんがいた。

 

「この人、避難所で知り合ったの。静江さんて言うんだけど」

「よろしくね」

「あ、はい。よろしくです」


 綺麗なおばさんなので少しドキドキした。旅の人だろうか。直感的に多分この人も高次力が使えるのだろうと思った。



5月10日



 珠緒を探す為にクラスメイトの音無おとなしと町に出る。

 

「頼むよ。お前の天界耳だけが頼りなんだよ」

「珠緒ッチュの声は覚えてるから、半径200m以内で喋っていれば分かるッチュよ」


 両手でダウジングのように人差し指を平行にしながらリズムを刻んで歩く音無。

 

「ホント、お前って地獄耳だよな」

「天国耳だッチューの」


 俺に人差し指を向ける音無。

 結局、一日中歩きまわったが、手がかりは何も無かった。

 

「似た声の人間は何人か居たッチュけど、どれも違うッチュねー」

「家にも居なかったし、どこか別の避難所に行ったんだろうか」

「それかもう死…」


 俺は音無を睨んでその先を言わせなかった。


 ふと後ろを振り返ると、おかんと静江さんが俺らの後ろに居た。

 

「どっから湧いてきたんだよ、おかん!」

「あんた達だけじゃ危ないから付いていってあげてるのよ」

「いらないよ。むしろおかんの方が危険じゃないか」

「あんた高次力使えないんでしょ!大勢で行動しないと危険だって言ってるのよ!」


 おかんの大声の説教を、耳を人差し指で抑えて聞き流した。横を見ると音無もそうしていた。



5月18日



 学校でヤンキー連中と救援物資の取り合いになった。波動練気を使おうと思ったがやはり出なかった。おかげでボッコボコ。


 おかんと静江さんが先生達を呼んでくれたおかげで助かったが、身の振り方を考えないとな。

 

 

6月3日


 あれから苦しい日々の連続だったが何とか生きている。

 

 真っ先に高次力を使っていたモヒカン連中やヤンキー連中はほとんど自滅。

 避難所での生活も少し落ち着いてきた。


 ただ一つだけ問題がある。

 

「デムパがあああああああぉ!誰だ俺ッチュにデムパを飛ばすやチュぁああああ!」


 音無の様子がおかしくなってきたので珠緒の捜索ができないのだ。

 仕方なくおかんの所に行くと、傍に見知らぬおばあさんがいた。

 

「この方、静江さんのお母さんですって。老人ホームから避難所にいらしたそうよ」

「こんにちは…」


 体の悪そうなおばあさんだが大丈夫だろうか。


「静江さんは自宅に帰ったきり戻ってこないのよ。何かあったのかしら」

「探しに行きたいけど音無がおかしくなったから無理だよ。当分はじっとしているしかないね」

「そうね、この町を出たくてもウイルス感染者は隔離だとか言って出してくれないしねぇ」

「もう俺たちで生きていくしかないよ」


 そう言ったものの、いつまでも生きていける気はしなかった。


「空間転移が使える人がいたら良かったのにね」

「滅多にいないよ。頭の中がお花畑じゃないと空間転移なんて使えやしないって」

「あんたも特別な高次力持ってたのに、どうして使えなくなったのかしら」

「俺に聞かれても知らないよ、おかんが使うな使うなってうるさかったからだろ」

「何で私のせいなのよ!!!」

「冗談だよ」


 学校中に響き渡りそうなおかんの声。

 おかんの能力はきっと「爆音波」とかだろうな。そんな能力無いけど。

 


6月10日



 おかんからすぐに病院に来いとメールがあったので、学校を出て向かう事にした。


 メールに書いてあった部屋に入るとそこには沈んだ表情のおかんがいた。

 布団には静江さんのお母さんが横になっており、顔はハンカチで隠されていた。


「静江さんのお母さん、死んだの?」

「…猛人、これから私が言う事を心して聞きなさい」


 いつになく真面目な顔をしたおかんが話し始めた。

 

「この人は静江さんなの」

「え?静江さん、のお母さんでしょ?」

「というより、実は静江という人でも無いの」


 何がなんだか分からない。

 

「私も今日聞かされるまでは知らなかったわ。この人はね」

「うん」

「珠緒ちゃんなの」


 何だって?

 

「珠緒は高校生だぞ!」

「この子の能力と関係があったの」

「嘘だ!珠緒は高校生なのに、こんなおばあちゃんになるわけが…!」


 ハンカチを取り、珠緒に似ても似つかない老婆の顔を見ると涙が込み上げてきた。


「あなたが一番知ってるでしょう。高次力には代償があるのよ」

「代償って…珠緒には一体何の能力が…」

「時間を戻す能力よ」


 時間を戻す?そんな事が可能なのだろうか。

 それならこうなってしまった現状を戻して欲しい、そう思った。


「ちょっと時間を戻すだけでも彼女は何年も歳を取るの。それでこの子はあなたに気付かれないようにずっと他人の振りをして行動してたの」

「何でだよ!珠緒も俺に能力は使うなってあれほど言ってたのに!」

「全てあなたの為だったのよ。あなたが能力を使う度に彼女は時間を戻していたの。あなたに僅かな記憶を残して後は全て無かった事にしていたのよ」


 何て事だ。俺の能力は発動しなかったんじゃなくて、珠緒が全部巻き戻していたのか。発動させたという記憶だけを残して。


「私の百奇眼でずっとあなたを追いかけるよう提案してくれたのも彼女だったわ。それであなたが高次力を使う事を諦めるまで巻き戻しを続けるつもりだったのよ。でも彼女は老衰して死んでしまう。だから最後に私に打ち明けたんだわ」

「俺に直接言ってくれれば良かったのに…!」 

「彼女は年老いたおばさんが自分だと知られたくなかったのよ。それでずっとあなたの傍で他人の振りをして見守っていたの」


 俺は呆然と立ち尽くした。

 もう言葉も無かった。

 

 ただ気付いてやれなかった事だけがくやしくて仕方がなかった。

 

「…俺はもう力を使わないよ」

「そうね、そして長く生きなさい。それが珠緒ちゃんの望んだ事なんだから」


 珠緒の亡骸は精一杯、慈愛を込めて弔ってやった。









…あれからもう何十年経っただろう。


「これが黒山先生のご友人のお墓ですか」


 久々に故郷の北ノ宮町に弟子と共に戻ってきた。

 私、黒山猛人は合気道の師範代として活動している。

 

 あの後、私は生き残り、政府の許可が降りるまでずっと北ノ宮町で暮らしていた。

 

 音無は絶え間ない幻聴から統合失調症を発症した後、衰弱死。

 母も高次力を使いすぎた代償で失明、もう他界している。

 

 私は幸運にも力を使わないと誓ったおかげで力とは何かを知り、今まで生きてこられた。

 無心状態で力を引き出せば反動を受けない事を知り、ひたすら技を磨いてきたのだ。

 

 全ては珠緒のおかげだ。珠緒が居なければ自分の力に溺れて死んでいただろう。

 技を磨き、力の使い方を世に伝える。使命を持って生きる事がみんなへの償いになると思っている。

 人には過ぎた力というものがある事を、あの一連の出来事から学んだ。

 

 

 私は弔いの花を一人一人のお墓に手向け、静かに瞑目した。

 もう二度とあんな悲劇が起こらない事を願う。

 

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― 新着の感想 ―
[良い点]  はじめあたりにちょっとした伏線が張られていて、それが最後に回収される。そういう仕掛けも、広義ではミステリといえるのでしょうね。  読んでいてとても引きこまれる作品でした。こういう、はっち…
[一言] 拝読いたしました。 同じ企画に参加している者です。 とても混沌とした作品。企画作品であることを忘れて読みふけりました。 彼女の死の真相で、ああ、これはミステリーだったのだと思い至りました。…
[一言]  読ませていただきましたので、感想などを書かせていただきます。  最後まで読んで気が付くとはちょっと不覚でした。読み返すと最初の部分の「化粧」で心に引っ掛かっていたのに、スルーしていた自分に…
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