(2)
時刻は9時5分を過ぎていた。
あと少し。
早く。早く。
理香の心は全く躍っていなかった。
早く帰りたかった。
どうせこれも嘘の噂だ。
でも、5つある内の4つの怪談を確かめたのだ。
ここまで来たら最後まで。
ただそれだけの為にここに足を運んだ。
9時8分を回った。
そろそろだ。
秒針が繰り返す鼓動がいよいよその時へと近づく。
55、56、57、58、59。
「いよいよね。」
「うん。」
5、6、7、8…
時が来た。
一歩早く早苗が先に足を踏み出し、理香がほんの僅か遅れて後ろに続いた。
一段一段踏みしめながら、その数を確認する。
1、2、3、4、5…
あんなにどうでもいいと思っていたのにいざ昇り始めると少しばかり体が強張った。
ひょっとしたら、とどこかで期待を捨てきっていない自分がいた。
6、7、8、9、10、11…
二階の廊下へと足を下ろした。
ふうと理香は一息ついた。
やっぱりか。
階段は12段。
結果はガセ。
そんなものだ。
「嘘…。」
右から震えた声が聞こえたのは、そんなふうに思っていた時だった。
早苗の顔は驚きに満ちていた。
早苗。そう声をかけようとした矢先、
「いくつだった!?」
と響き渡る大声で早苗は叫んだ。
そんな友人の姿に理香は困惑したが、すぐにまさかという思いがよぎる。
「12段。」
間違いない。自分が昇った段数だ。
だが、早苗の口から出た答えは違った。
「13段…。」
そんなあ…と早苗の顔が泣きそうになる。
好奇心旺盛の割に、想定外の出来事が起きた時には非常に弱いのが早苗だった。
怖いもの知らずの怖がり。
そんな矛盾がぴったり似合うのが早苗だった。
そしてそんな彼女を落ち着かせるのが理香の役割だった。
「落ち着きなって。ほら、異次元の扉なんてどこにもないじゃない。」
噂通りであれば昇り切った瞬間にその扉は現れるが、そんなものはどこにも出現していない。
今更こんな事を言っては元もこうもないが、そんな非科学的な扉がそもそも存在するわけがないのだ。
そんな事は理香も早苗も分かっている。
だが、子供ながらの好奇心と自分達はそれをやり通したのだという達成感。
それを求めていただけなのだから。
「…そうだね。」
多少落ち着きを取り戻したが、早苗の顔はまだ優れない。
「ほら、とりあえず一旦降りようよ。」
「う…うん。」
そう言って二人は再び階下へと戻った。
その際、理香は再度段数を数え直していた。
踏みしめる段差を先程よりも意識しながら降りていく。
1、2、3、4…。
二人は何事もなく元いた場所にまで戻ってきた。
「何も起きないね…。まあそうだよね。」
早苗の表情は相変わらず強張り気味ではあったが、少しは落ち着きを取り戻したようだった。
「当たり前じゃない。そんなものある訳ないよ。」
そう。そんなものはない。
理香は改めて早苗に問いかける。
「早苗、本当に13段あったのよね?」
理香の言葉に早苗が再び血の気を失っていきそうだったので、慌てて理香は言葉を押し込んだ。
「あー待って大丈夫だから。それって単なる数え間違いだよ。」
青ざめそうになった早苗の顔に疑問がよぎった。
「どういう事?」
「ひょっとして早苗さ…。」
そう言い掛けた時、
「何やってんだ。」
ふいに背後から野太い男の声が聞こえた。
驚いて振り返ると共に、眩い光が顔面に浴びせられ二人は顔をしかめた。




