24HRの
彼は、クラスの中で全く目立つことが無かった。それは彼の意思でもある。性格上人前に出ることを嫌う彼は、極力存在感を消して高校生活を送っていた。勿論、彼はクラスメートと会話をしたことすらない。目立つことを嫌うというよりは、人間関係を形成することを拒んでいると言ったほうが正しいのかもしれない。彼は些細な接触すら避けていた。
これは、そんな彼が少しだけクラスメートに近づこうとした物語。
彼は24HRに所属していた。運命の悪戯なのか良く分からないが、席はいつでも窓際の一番後ろで、そこから彼が動いたことは一度も無かった。人間関係を作るのは嫌いだが、人間自体は嫌いなわけではなく、よく授業中に人間観察をしてノートにまとめていた。そんな事をするぐらいなら、友人の一人でもつくればいいのに。と、彼のそんな姿を見たものは言うだろうが、彼は友人を一つも作る気はなくただただ観察日記を綴っていた。何の授業で誰が寝ていたとか、誰がどんなことをしていたとか、彼の目に映ったものは全て綴られたノートが、一体何冊溜まっているのかは誰も知らない。きっとそれらを読んでみたら面白いのだろうけれど。
なんて、そんなことはどうでもいい。ただ、彼の日常はそのぐらいのものしかないということだけ分かってもらえればいいのだ。
文化祭が近付いたある日のことだった。LHRの時間で、クラスは文化祭の模擬店についての話や準備で盛り上がっていた。他人との関係を絶っていた彼は、当然のように準備に参加することなくいつもの様に人間観察を楽しんでいた。普段の授業よりクラスメート達が生き生きとしていたのだから、日記を綴る側はとても楽しかったのではないだろうか。いろいろな表情を、客観的に見ていることが出来る。彼にとっての至福の時間だったことだろう。
そんな至福の時間のなかで、突然彼の手がぴたりと止まった。彼の手元には人影。目の前に、一人の少女が立っていた。
「**君は何かやらないの?」
彼は戸惑いを隠せなかった。人間関係が煩わしいからそれを絶ってきて、それが暗黙の了解となりつつあったはずなのに、少女はそれをあっさりと打ち砕いて見せたのだから。彼が閉じこもっていた殻はそうとうな固さになっていたはずなのに。
「えっ……あ、…………えっと…………」
コミュニケーション能力が錆付いていた彼はうまく言葉を発せられないで居た。それ以前に、何を言えばいいのかも全く分からないでいた。彼の頭の中は真っ白になっていた。
「ほら、一緒にやろうよ。楽しいよ?」
そんな彼を気にすることも無く、少女は彼に笑いかけて、手をとり彼を立ち上がらせた。そのまま教卓のほうまで連れられて、「一緒に装飾作ろう?」なんて誘われてしまう。見事に彼女のペースに流された彼は、断ることも出来ないまま彼女と装飾を作った。それは彼にとって楽しい時間になった。人と関わるのが、なんだかんだ好きなのだろう。彼はそれを自覚していた。しかし、それだけではなく、実は彼が彼女に惹かれ始めていることに彼自身が気付いているのかどうかは分からないが。
LHRが終わり、清掃も終わらせて教室に戻ると、彼女の姿は何処にもなくなっていた。確かにこの教室で一緒に装飾を作っていたはずなのに、彼女の姿が全く見当たらない。でも、席は全て埋まっていた。友人が一人もいない彼は、その状況に首をかしげるばかりで、他に何も出来ないでいた。何も出来ないけれど、彼女の姿を追おうとしてはいた。
次の日も、その次の日も、彼女の姿は無かった。が、彼女と装飾を作った日から一週間経った日のLHRのこと。一週間見つからなかった彼女を諦めてしまった彼はまた準備に参加せず、黙々と人間観察をしていた。満足げな笑みを浮かべている。
「ねえねえ、何を書いているの?」
「…………あ」
彼の頭上からそんな声が聞こえた。顔を上げると、一週間行方知れずの彼女がいた。そしてまた、彼女は彼に「一緒に装飾つくろうよ」と、誘いかける。腕を引かれたが、彼は彼女の顔をじっと見つめて動かなかった。
「な、何?どうかしたの?」
動揺しつつ、彼女は尋ねる。彼は「あ……えっと……」と散々口篭ってからやっと言った。
「一週間、どこに……」
いたんだよ。と、彼が全てを言い終わる前に彼女はふっと笑って言った。
「私? 私はずっとここにいたよ? 君に見つけてもらうのを待っていたんだよ」
言い終わるか終わらないかぐらいで、彼女は彼に抱きついた。不意打ちで抱きつかれた彼は彼女を支えきれずにそのまま後ろ向きで倒れる。頭を強打したはずだったのだけれど、彼の頭の中は痛みどころではなくなっていた。心惹かれた相手が自分に抱きついてきているのだから当たり前だろう。
「……俺に?」
ようやく冷静になると、彼女の謎の言葉に疑問を投げかけた。
「そう。君だよ。じゃあ、一緒に行こうか」
彼女は立ち上がって彼の手をとった。彼に優しく微笑むと、彼女の体は花のように散っていった。彼はそれを素直に美しい、と思う。自分の体が彼女と同じことになっていると、彼は気付いているだろうか。
24HRにいる、幽霊の話。それは金木犀の香りとやってくる。