~魔王生誕~
ある国に逞しい青年がいた。彼の名をアダムと言う。アダムは平民から弛まぬ努力を続け、王国の騎士団に平民では初めての入隊を認められる。
アダムの努力は入隊しても衰える事はなくメキメキと力をつけていく。
そんな折り、外交のもつれから隣国との戦争が始まる。勿論アダムも王国の兵として戦場に赴く事になる。
彼は戦った、迫り来る敵を返り討ちにし、頑強な砦を落とし、その快進撃は留まる所を知らなかった。
敵国は状況が悪いとみると周りの国に援軍を要請し、それを知った王国軍も負けじと周りの国に援軍を要請した。
たちまちこの戦いは世界全体を巻き込んだ戦争となり、あちこちに戦火が広がった。その中でも群を抜いて活躍を見せるのが王国の一騎士であるアダム。
アダムがいる戦場では「あいつに出逢ったら逃げろ!」と敵国に言わせる程だった。
そんな戦争も長く続けば皆疲れ始める。国力は衰え、あちこちで反乱も起き始めた。国々はそろそろこの戦争に終止符をつけようと思い始める。
国々は代表を立て、停戦協定を結ぶ事を決定した。
アダムを生け贄にする事を条件に…
各国にとってアダムは邪魔な存在でしかなかった。
他国にとっては敵に廻った時の脅威として今の内に排除する為に
王国にとっては平民出である騎士に今回の功績で贈らなければならない莫大な褒美を無いものとする為に
そうしてアダムはたちまち各国の共通の敵になり、世界各国は彼の抹殺に乗り出す。
しかし、幾ら軍を差し向けてもアダムを 討つことは出来ず、逆に返り討ちに遭うという結果になった。
アダムは自分に付き従う者たちを率いて必死に戦った。アダム達は戦う毎に数を減らしてはいたがそれ以上の被害を敵に与え続けていた。
此処にはアダムの為に集った者たちが集まっている。彼に戦場で救って貰った者。元は敵だったが彼の人柄に惚れた者。そして隣には騎士になった時から常に戦場を共にしてきた戦友とも親友とも言える友の姿。
アダム達の強さは留まる所を知らず。正に向かうところ敵無し。
何時まで経っても討つことが出来ない王国は焦った。周りの国が王国が我々を貶める為に奴らに手を貸しているのではないか!と疑い始めたのである。
其処で王国は一計をあんじる。
その日は朝から激しい雨が降り続き、建て込もっている砦も酷い湿気で充満していた。
相対している敵も今だけは大人しくしているようだ。
そんな敵軍を眺めていたアダムのそばに親友が近づいてきた。
何だか何時もと雰囲気が違う親友を心配していると、いきなり斬り掛かってきた。
それを受け止め、訳を問いただすもギリッと歯を食いしばるだけで力を緩めようとはしなかった、そんな親友を突き放し、対峙する。
「…頼む、死んでくれ…」
親友はポツリとそう漏らした。雨の音で消えそうなその言葉は確かに、アダムに届いていた。
アダムは静かに剣を親友に向けた。
そして二人は切り結び
アダムは倒れた親友を泣きながら見下ろしていた。
アダムは親友が使っていた部屋の扉を開けて中へと入る。
何時も何かしら散乱している親友の部屋はやけに綺麗にされており、親友の使っていた机には一枚の手紙がアダム宛てに置いてあった。
その中身は王国に親友の家族を人質にとられ、アダムを殺そうとしたこと、そして、家族を救ってほしいと言うこと。
手紙の最後には「すまない」と一言書かれていた。
その手紙は所々染みが出来ており、それを読むにつれ沸々と怒りが湧いてきた。
この手紙を、親友はどんな思いで書いたのだろうか、それを思うだけでアダムは体が引き裂かれそうになる気がした。
次の日、昨日の雨が嘘のように晴れていた。しかし、辺りには血の臭いが充満しており、死体の山が地面を埋め尽くしていた。
その中に一人、アダムだけが立っていた。転がる骸を見下ろし魂の抜けたような笑顔を張り付けている。
其処に駆けつけた砦にいた者達は絶句する。屍に囲まれ微笑む彼に本能的な恐怖を感じた。
「戦争だ…戦争をする」
アダムは呟くとフラフラと歩き出した。
その姿を見てあの人は壊れてしまったとその場に残る者と、黙って後ろに付き従う者に別れた。
彼等は戦った、自分達を害そうとする者達と、誰も彼等を止める事が出来なかった。
彼等は徐々に数を減らしていくが世界各国はいっこうにその勢いを止める事が出来なかった。
その被害は各国の力を著しく低下させ、あちこちで飢餓や反乱がおこり、今では世界各国は彼の事を「魔王」と呼び、国民にもその噂が広がり全ての元凶として憎まれた。
どうにか彼を止める為に名のある賢者達が集められた、各国は彼等を人柱に彼を封じ込めることに成功する
アダムを失った者達は次々に討ち取られ、捕らえられた者達も見せしめとして処刑された。
処刑台に登った彼等は全員目をギラギラと光らせており、今にも襲いかかってきそうな気迫を放っていた。
それを見た執行人も魔王軍の最後を見てやろうと集まった群集もその迫力に気圧されて、沈黙がその場を支配した。
「彼の無念、悲しみ、怒り、いつか貴様達全員が思い知ることになるだろう」
処刑台に登っている捕虜の一人の声が沈黙するこの場所全体に響いた。
「殺せ!」
王の指示で執行人が剣を振り下ろし、処刑台に登った捕虜達は物言わぬ骸へと変わった。その目はそれでも輝きを失わず、処刑台に火がかけられ、燃え尽きるまで輝き続けた。
こうして世界は束の間の平和を手に入れることになった。




