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08


 篝火の逆光から這い出る様に現れた人影。

 2m近くはあると思われる巨体を黄土色の簡素な鎧で包み、ボサボサの茶色い髪を無造作に掻き毟る。めんどくさそうに目を渋り、顔を少し上げて見下すように焔を見る。

 圧倒的存在感と共に威圧感を発している男は、親指を立て、行く道を指し示した。


 水の流れだけが静かに音を奏でる闇の街を、二人は歩く。


「ロウナード…………さん」


 明らかに年上であろうロウナードの名前を、焔は少し戸惑った後、敬称を付けて呼んだ。


「おうおう、ええ判断や。ワレ、名前は?」


 焔の言葉にロウナードは口角を緩める。鼻から上の表情は微動だにせずに。


「焔です。焔火のホムラと書いてエンです」

「よっしゃ。ほむらちゃんやな」


 ロウナードの言葉に焔が一瞬、反応する。

 焔が何か言おうとした矢先、ロウナードの口から言葉が漏れた。


「ほむらちゃんにはウチの譲ちゃん泣かせた責任取って貰わんとな」

「……泣かせた?」


 記憶の無い出来事に、焔は怪訝な表情を浮かべた。


「そうや。ほむらちゃんが死んでから大変やったんやで?助けられなかった~。ってわんわわんわ泣きおって」

「……すみませんでした」

「ええって。その代わり、責任とって元気な姿見せてやってくれや」


 譲ちゃん。たぶん、一緒に居たウルルという女の子の事だろう。


 ウルルの事を話す時のロウナードの言葉は優しさに満ちている。それとは対照的に、ロウナードが焔に向ける視線や言葉は、重く、冷たい。

 居た堪れない気持ちに苛まれた焔は、顔を落とし、視線を地面に向けた。


「それにしてもや。戻ってくるの遅かったな」

「……死亡時には3時間のログインペナルティがあるみたいです」

「成る程な」


「……あの」

「なんや?」

「理由とか……聞かないんですか?」

「なんのや?」


 焔が言葉に詰まる。


「えっと……。燃えてた。理由とか」

「知る必要もないし、知りとうもないわ。言わずにおれんのやったら、海に飛び込んでガボゴボしながら誰にも理解できん声で呟いとれ」


 返す言葉を紡ぎ出す事ができず、ひたすらに地面を見つめながら歩く。


「ほれ、着いたで」


 一軒の小さな家。石造りの侘しさがにじみ出るような、何の変哲もない、ごく普通の家。

 ガチャリとドアノブを捻る音が聞こえる。

 ドアが開き、開いた隙間から光りが溢れ出す。


「ウルル。戻ったで」

「ふぇ。ロ……ロウナードさんっ! ぐすん」


 ロウナードが家の内部に声を投げ、部屋の内部より幼い女性の声が聞こえた。


「お前、まだ泣いとったんかい」


 呆れたように、ロウナードが肩を落とす。


「だ……だって……」

「ほれ、お前にお客さんや」

「え…えっ?」


 ロウナードが焔に顔を向け、顎を動かして家に入るように促す。

 ドアから溢れる光りの中に向かって、焔が歩みを進める。


「あっ……あなたは!」


 家の中に入り、正面に存在した大きな楕円状のテーブルに、少女、ウルルは座っていた。

 赤髪に二つの大きなおさげ、子供特有のふっくらした顔。白いフリル付きのワンピースに身を包み、驚いたように焔を見つめている。

 大きな目を更に見開き、目を点にする。薄いグレーの瞳を涙で揺らめかし、ぎゅっと口を結ぶ。


 ウルルはハッとしたように急いで立ち上がり、焔の前まで駆け寄る。


「ご……ごめんなさいっ! 私が、私がもうちょっと早く魔法を掛けれていたら!」


 今にも零れ落ちそうな涙を目に蓄え、手を前で重ねて、腰を大きく折り、頭を下げる。

 頭が下がると同時に、地面に数滴の涙が零れた。


「いや、謝らなくていいから。此方こそごめん。それと、ありがとう」


 焔の言葉に反応し、「ふぇ?」と情けない声を出しながら勢い良く、ウルルは顔を上げた。

 泣き続けていたのだろうか、目の周りを腫らし、鼻先を赤く染めている。


「ありがとう」


 ウルルと目を合わせ、しっかりと、再度言葉を投げかける。


 ウルルの瞳に涙が溜まる。涙を堪えるように結んだ口が、小刻みに震えている。

 ウルルの視線が、何かを確認するようにロウナードに向いた。

 ロウナードが目を閉じ、小さく頷いた。


 ウルルの視線が再度、焔に向く。


「うぇえええええええん!! よがったぁ! ほんとに。ほんとに死んじゃったと思って!!!」


 怒涛の如く発せられた声と共に、ウルルが焔に飛びつき、抱きついた。


「やから心配ないってゆうてんのに」


 ロウナードがドアを閉め、めんどくさそうに呟きながらテーブルに座った。


「ウルル、そいつの名前は”ほむら”や。ほむらちゃんって呼んだりや」


 焔の胸に擦るように顔を当てていた顔をあげ、ウルルが不思議そうに焔を見つめる。


「ふぇ? ほむら……ちゃん? ……おんな……の子?」


 疑問いっぱいの顔を小さく傾げ、視線を焔の胸に移し、再度顔を見る。


「ホムラじゃありません! エンです!」


 動こうにも身体をウルルに拘束され、身動きが取れない焔が、必死に表情だけでロウナードにアピールする。


「今まで負い目を感じてたから言いませんでしたけど、もう我慢できません! 言わせて貰います! 俺の名前はエンです! え・ん! ホムラではありませんッ!」

「おうおうおう! なんやなんや? いきなり開き直ってからに。もっと負い目感じていいんとちゃいますか?」


 眉をハの字にさせ、口を尖がらせて煽るように、ロウナードは言葉を返す。


「いいえ!突っ込ませて頂きますが、俺が負い目を感じてるのは貴方ではなくウルルちゃんです!」

「ほぉ、関西人にツッコミで勝負仕掛けるとはいい度胸やないかい。ええぞ、乗ったろうやないか。ほれ? ボケてみろや? ワシの華麗なツッコミ見せたろうやないか!」


 ロウナードの予想外の反撃に、焔が一瞬固まる。


「お……俺はツッコミ専門です!」

「なんやなんや? 勝負放棄か? ほら? ほら? ボケてみろや?」


「えっ!? ……くっ……――。ホ……ホムラなんて”エン”起でもない!」


「よっしゃ。ウルルちゃん、夜の散歩いこか」


 ロウナードが冷静な表情で椅子から立ち上がる。


「突っ込めよぉおおおおお!!」


 悲痛な焔の叫びが部屋に響く。




「ふふっ。あははっ」


 焔の胸に抱きつくウルルが、可愛い笑みを浮かべ、カラカラと笑う。

 水の流れる静かな街に、幼き少女の笑い声が、微かに響く。




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