第18話:無限だらけのクライマックス
『無限旅館』の『?階』に位置する巨大な大広間は、文字通りカオスな様相を呈していた。
職場体験中の男子学生、関本良太の母――かつてアイドルとして人気を博し、今もなおその面影を存分に残す美人。
その完璧な笑顔、完璧なプロポーション、そして完璧なアイドル衣装を身にまとった姿が、どこまでも、果てしなく、無限の空間を覆い尽くしていたのである。
それも当然だろう、この旅館に当初予約していた『無限人』の彼女の大群のみならず、急遽追加で予約した新たな『無限人』の彼女まで現れるという事態になってしまったのだから。
「「「「良太~♪お母さん、喉が渇いちゃったわ~♪」」」」「「「「良太~美味しいお菓子を頂戴~♪」」」」「「「「「良太~ウインクして~♪」」」」」
蜜のように甘いおねだりの声が四方八方から響き渡る中、この空間でただひとりの旅館の従業員となっていた良太は、無数の母の肉体をかき分けながら、必死になって働き続けていた。
「は、はい……!えーと、そっちの母さん……じゃなくてお客様はジュースですね……!こっちのお客様はお菓子、こっちのお客様は……ってウインク!?なんで……!」
「「「「「「あぁん、良太のウインクが見たいのに~♪」」」」」」
「わ、分かりましたよ……片眼を瞑ればいいんでしょ……!」
「「「「「「キャ~!良太、大好きよ~!」」」」」」」
次々に飛び交うリクエストにてんてこ舞いの彼は、誰に何を届けたのか、そもそも自分がこの酒池肉林の空間のどこにいるのか、把握できなくなっていた。
確かに彼のような存在にとって、大人気アイドルに取り囲まれ、一斉に笑顔を向けられるのは喜びの極致かもしれない。
しかし、その相手が自分自身の母、しかも無尽蔵に増えた同一の存在となると話は別。
良太の心の混乱度合いは、どんどん上昇してしまっていた。
(本当になんで母さんがこんなにうじゃうじゃいるんだよ……!?)
あまりにも数が多すぎて、最早誰がどの母なのか見分けも区別も一切つかない。
いや、そもそもそんな事なんて出来るはずが無い。何故なら、この空間を覆い尽くす全ての笑顔が自分自身の母なのだから。
訳が分からない状況だったが、それがこの大広間――無尽蔵のアイドル姿の美女による大興奮の現場の現実であった。
「「「良太~頑張って~♪」」」「「「良太~素敵よ~♪」」」「「「良太~愛しているわ~♪」」」「「「「良太~格好良いわよ~♪」」」」
奮闘すればする度に、良太には無尽蔵の母からのエールと、ご褒美と言わんばかりの無数のハグが与えられ続けた。
既に亮太の恥ずかしさは限界を突破し、全身が茹蛸のように熱くなってしまっていた。
しかし、彼の中には不思議とこの光景に対する嫌悪のような感情は起きなかった。
現役時代さながらの母のアイドル姿のセクシーさやキュートさ、そして華やかさに、どこまでも圧倒され続けていたからかもしれない。
(俺の母さん、こんな感じでアイドルとして人気を集めていたのか……って、何考えてるんだ俺!!そもそもこの状況が異常なんだってば……!!)
つい意識が持っていかれそうになるのを必死に抑える良太であったが、そんな彼の苦労を尻目に母の数がどんどん増していった。
既に『無限』に『無限』を加えた数がいるにもかかわらず、どこまで数えても終わりがない値であるのを良い事に、良太の母はどんどん増殖を続けていたのである。
それこそ、第三の『無限』を創り出しそうなほどの数に。
「「「良太♪」」」「「「良太♪」」」「「「良太♪」」」「「「良太♪」」」「「「良太♪」」」「「「良太♪」」」「「「良太♪」」」「「「良太♪」」」…
無数と無数、更に無数という途轍もない桁の声が重なり合い、無限に広がる空間はあらゆる場所から『良太』を呼ぶ声がこだまし続けていた。
「ひぃぃぃ……お、女将さーん!!!何とかして下さぁぁぁい!」
あまりにも無茶苦茶すぎる状況に正気まですり減りそうになった良太は、唯一この場を鎮めてくれそうな存在へ向けて大声で助けを求めた。
直後、それに応えるかのように、この大広間へ通じる扉が一斉に開かれ、その向こうに夥しい数の人影が現れた。
「「「「はーい♪」」」」」
確かに、その声の大合唱は亮太が頼りにしている無限旅館の女将である『仙台千代』であった。
だが、その姿を見て良太は驚愕した。
「ええええええ!?!?!?な、な、何で……なんで、俺の母さん!?!?!?」
当然だろう、そこにずらりと並んでいたのは、頭のてっぺんから髪型、笑顔、整ったプロポーションを維持する肉体、フリフリのアイドル衣装、そしてつま先まで、良太の母と全く同じ姿形に化けた、『カワウソの妖怪』である女将の大群だったのだから。
「「「「「うふふ、これはお客様からのリクエストですのよ♪」」」」」
「「「「「そうですわ、だから今から私たちは……」」」」」
みんな良太のお母さんよ、と一斉に響かせるその声までもが、完璧に『良太の母』と全く同じ響きに変貌してしまった。
そして、その様子を見つめていた本物の母たちは――。
「「「「「「まあ、またまた私がいっぱいよ♪」」」」」」「「「「「「可愛くて素敵な私が無限に増えるなんて……♪」」」」」」「「「「「もう最高ね♪」」」」」」
――女将たちの大サービスの前に、ますます嬉しそうな笑みを見せていた。
「な、なんなんだよもう……!」
理解が追い付かず、涙が出そうな様相になっていた良太を尻目に、大広間はますますカオスの極みを表現し続ける空間になっていた。
無限人の良太の母が無限人の良太の母に接客し、無限人の母が良太に声をかけ、無限人の母が笑顔で笑い、無限人の母が談笑し――『無限』に幾つもの『無限』を重ね合わせるという、常識では理解できない程の数に膨れあったアイドル姿の美女の集団は、最早誰が本物の母なのか、誰が女将の変身した姿なのか、一切の区別がつかなくなっていた。
「「「「「うふふ、やっぱり私って素敵よね♪」」」」」」「「「「「「うふふ、やっぱりアイドルだものね♪」」」」」」」「「「「「私って本当に可愛すぎるわ♪」」」」」」「「「「「「私、大好きよ♪」」」」」」
「「「「「でも良太の素敵さには敵わないわよね~♪」」」」」」「「「「「「そうよね~♪」」」」」「「「「「うふふ、やっぱり良太は自慢の息子だわ♪」」」」」」
(無茶苦茶と言うか、何というか、嬉しがって良いのか……どうすりゃいいんだよ、俺……!)
良太が混乱の極致に達しようとした、その時だった。
彼にとどめを刺すような、とんでもない提案がなされたのは。
「「「「「「「「そうだわ、頑張っている良太のために、みんなで歌いましょう♪」」」」」」」」
「「賛成~♪」」「「賛成~♪」」「「賛成~♪」」「「賛成~♪」」「「賛成~♪」」「「賛成~♪」」「「賛成~♪」」「「賛成~♪」」…
「!?!?」
突然の事態に良太が驚く間にも、次々に無数の母たちの間で合意が築かれていた。
そして、一斉に立ち上がった彼女たちは、まるで事前に打ち合わせていたかのように、一斉に歌い出したのである。
「「「「「良太~♪あなたは私の誇りよ~♪」」」」」
「「「「「格好良いわ、良太~♪」」」」」
「「「「「良太~♪お母さんはいつでも応援しているわ~♪」」」」」
完璧なアイドルスマイルを見せながら、無限の空間に響き渡る大量の声、声、声。
そのどれもが人気アイドル時代と変わらない実力を良太に見せつけるような魅力に満ち溢れていた。
しかも、彼女たちが歌い続ける歌詞の内容は、全部良太を応援したり、良太への感謝や母性愛を示すような内容に変貌してしまっていた。
良太は四方八方から大量のアイドルスマイルや無数の決めポーズ、そして無限の愛を押し付けられる格好になってしまったのである。
「う、うわあああああ!!!」
右を向いても母。左を向いても母。前を向けば母のアイドル時代と変わらぬ肉体、後ろを向けば母のアイドルスマイル――最早、良太の視界に入るのは彼の母しかいなかった。
彼の周りはぎゅうぎゅう詰めになった母によってびっしり覆われ、身動きを取る事すら許されない状況になった。
最早、良太の精神は限界だった。
気恥ずかしさ、混乱、そして嬉しさが入り混じった彼の心は、容量を突破してしまったのだ。
「良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」良太♪」…
その日、良太が最後に見たものは、『無限』に果てしなく『無限』の『無限』を重ね合わせた数の母――アイドルの関本美門の大群が、まるで今日の楽しい時間への感謝を伝えるかのように、満面の笑みで彼の名を呼びながら笑顔で取り囲む光景だった……。




