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第17話:無限旅館と女将のひみつ

「何とか……完了した……多分……きっと……」


 その言葉が、良太の全てだった。


 二度に渡って押し寄せまくった『無限人』の客――良太の母、関本美門の大群。

 元・人気アイドルの実力を存分に見せつけるかのような、セクシーさとキュートさを併せ持つ魅力的過ぎる仕草、当時以上に絶大な威力を持つ果てしない笑顔、そして延々と聞こえる甘い声の大合唱は、何とか無数の彼女を捌き切る仕事を終えた良太の脳裏に強烈に残り続けた。

 『√-1階』にある『無限旅館』の畳敷きの休憩室でぐったりと横たわり、天を仰いでいる間でも、彼の心の中では無数の母の声が果てしなく再生されていたのだ。


『良太~♪』『良太~♪』『良太~♪』『良太~♪』『良太~♪』『良太~♪』『良太~♪』『良太~♪』…

(うぅ……母さんのイメージが強烈過ぎる……!)


 今で味わった事が無かった無数の母の本気に、嬉しいやら恥ずかしいやら、様々な悶々とした思いを抱える良太のもとに、そっと歩み寄ってくる影があった。

 その主は誰なのか、良太は勿論把握していた。普段と変わらぬ穏やかな笑顔を見せる『無限旅館』の女将、仙台千代である事を。


「お疲れ様です、良太さん」

「あ、ありがとうございます……」


 その美貌をしっかりと目に焼き付けた良太はゆっくりと起き上がり、差し出された湯飲みを受け取り、ゆっくりと飲み干した。

 女将が用意してくれたお茶は、彼の疲れを癒してくれるようだった。

 そして、落ち着きを取り戻し始めた良太は、彼女の方を向きながら語り始めた。やっぱり、女将さんには敵わない、と。


「あんなに沢山の母さん……じゃなかった、お客さんを相手に、女将さんはよく平気ですね……。慌てもせずに、笑顔で接客するなんて……」

「うふふ、ああいった無限人の団体様からの予約や旅館の丸ごと貸し切りは、たまにある事でございますのよ」

「そうなんですか?」

「ええ、ここは『無限旅館』ですもの。妖怪、未来人、宇宙人に恐竜、ロボットに異次元人。様々なお客様がお泊りになられますわ」


 まるで当たり前の事のようにさらりと語る女将の言葉に耳を傾けた良太は、苦笑しながら自分の思いを返した。


「女将さんは凄いです……。俺なんてごく普通の人間だし、女将さんのように無限に増える事も出来ないし……。何というか、足手まといになってないかって……。大丈夫ですかね、俺……」


 真面目だが、どこか落ち込むような表情を見せる彼に、女将は微笑みながら励ますように言った。


「そんな事はありません。良太さんは『あの時』からずっと頑張っています。この『無限旅館』の大きな力になってくれていますわ」

「あ、ありがとうございます……」

「それに、わたくしだって昔はそうでしたわ。『ごく普通の人間』であった良太さんと同じように、『ごく普通の地球の動物(・・・・・)』でしたもの」

「へー……えっ?」


 その響きに、良太はどこか引っ掛かりを覚えた。人間ではなく、自分自身が『動物』である旨を強調するような、女将の言葉に。

 どういう事なのか、と尋ねる彼を見て、女将はそろそろ真実を明かした方が良い頃合いかもしれない、と語った。


「真実……?どういう事ですか?」

「ふふ、それでは改めて自己紹介をいたしましょう。『昼辺・瑠斗無限旅館』で女将を務めさせて頂いております『仙台千代』は、わたくしの姿の1つに過ぎませんの。今、『真の姿』をご覧にいれましょう」


 そう彼女が言った瞬間、良太の目の前で予想外の事態が起きた。緑色の着物が似合う美人女将の体がまるで溶けるように変化し始めたのだ。

 そして、まるで粘土細工のようにぐにゃぐにゃと形を変えたその『物体』は――。


「そ、それって……まさか……」


 ――胴長短足、密度の濃い毛並みに比較的長い尻尾、そしてどこか愛くるしい表情を持つ1頭の動物の姿になった。

 良太はそれが何かを知っていた。

 以前授業で見た自然番組で、この動物に関する内容が取り上げられていたからだ。


「……か、カワウソ……ですか?」

「ええ、その通りですわ」


 驚く良太の傍に、新たな女将――緑色の着物が似合う美人女将、『仙台千代』の姿をした彼女が姿を現し、カワウソの正体を現した自分自身を優しげに抱きしめた。

 自分は、人間たちが『カワウソ』と呼ぶ動物が様々な術を身に着けた、『妖怪』と呼ばれる類の存在である、と述べながら。 


「お、女将さんは……妖怪……!?」


 どう見ても人間、それも美人さんなのに、と一瞬驚いた良太であったが、よく考えればある程度納得できる要素が幾つもあった。

 ありとあらゆる場所に自由に存在する。無限に自分の数を増やす事が出来る。

 何より、妖怪の世界の大御所、総大将とも呼ばれているあの『ぬらりひょん』と顔馴染みである。


 既にこの旅館でそう言った出来事を幾度となく経験してきた良太には、あまりにも衝撃的な事実だとしても自分の中でそれを呑み込む事が出来る余裕が少しずつ生まれていた。


「じゃ、じゃあ、もしかしてラウンジで飼われているあのカワウソって……!」

「ええ、あれもまたわたくしの『お仕事』の1つですわ。マスコットとしてお客様を出迎えるのも、大切な業務ですもの」

「な、なるほど……」


 言われてみればそうかもしれない、と考えつつ、良太は語った。

 こうやって正体を明かさなければ、ずっと女将の事を『人間』だと信じ切り、妖怪だとは全く思わなかったかもしれない、と。

 それを聞いた2人の女将――『仙台千代』の姿をした彼女と、抱きかかえられた1頭のカワウソの姿をした彼女は、どこか誇らしげな笑顔を見せた。


「ふふ、ありがとうございます。それは、わたくしの化け方がそれほど上手かったという証かもしれませんわ」

「た、確かにそうかもしれませんね……。それにしても、まさかカワウソが化ける事が出来るなんて……」

「あら、人間の伝承にも言われていますわよ?タヌキやキツネ、ネコなどと並んで、カワウソも様々な姿に化ける事が出来る、って」

「あっ、そういえば……!」


 妖怪図鑑にもはっきり書かれていたはずなのにすっかり失念していた自分を恥ずかしがる良太の一方、女将は補足するように言葉を続けた。

 カワウソにも様々な種類がいるが、自分は古くからこの『島国』に棲息しているカワウソ、人間たちが『ニホンカワウソ』と分類する存在である、と。


「ニホンカワウソ……えっ……マジですか……!?」


 ごく普通の人間である良太が再び驚きの声をあげたのは当然だろう。

 授業で見たあの自然番組でも取り上げられていた通り、ニホンカワウソは、人間たちによる乱獲や環境破壊が要因となり絶滅したとされている動物なのだから。

 その生き残りが存在するばかりか、こうやって自分と仲睦まじく人間の言葉で話している。その事実に、良太は目を丸くした。

 そして、失礼かもしれない、という前置きを入れながら、人間世界でニホンカワウソは存在しない事になっている旨を、彼は女将へと伝えた。


「ええ、承知しておりますわ。わたくしも女将になる前に、生き別れの家族や同胞を探すための旅に出た事があったのですが、残念ながら見つかる事はありませんでした」

「そうだったんですね……。じゃあ、千代さんが、ニホンカワウソの最後の1頭と言う事に……?」

「その可能性は、覚悟しないといけませんわね」


 そう言いながら揃って頷く『カワウソ』と『女将』に、良太は人間を代表し、仲間の居場所を奪い、寂しい思いをさせてしまって申し訳ない、と謝った。

 しかし、女将はそんなに深く考えなくても大丈夫だ、と彼を励ました。


「確かにわたくしはこの世で唯一生き残ったニホンカワウソかもしれません。ですが、決して寂しくはありませんわ。今までの日々の中で、たくさんの大切な方々と知り合う事が出来ましたもの」


 危機に陥った自分自身を救い、『妖怪』としての生き方を教えてくれた『育ての親』。

 この旅館での過ごし方、女将としての心構えを隅から隅まで伝授してくれた『先代の女将』。

 そして、午前中にこの旅館を後にした、妖怪の大御所たる『ぬらりひょん』もその1名であった。

 今の女将=仙台千代がこの旅館を継いだ時、初めて訪れた客こそが、その『ぬらりひょん』だったのである。


「ぬらりひょんさん……。あ、そうか、顔馴染みだっていうのはそういう事……」

「ええ。ただ、当時のわたくしは、修行を積んだ身とは言えまだ新人の女将。右も左も慣れていない身でした。そのせいで、お恥ずかしい失敗を沢山してしまったのです。お部屋にご案内する途中で迷子になってしまったり、料理を用意する順番を間違えたり、枕の方向を誤った方角にしてしまったり……」

「マジですか……。そんなミスをするなんて、今の女将さんからは全然想像できないですよ」


 そんな印象を抱いてくれるという事は、それだけ自分が成長した証かもしれない、と語りながら、抱きしめている『カワウソ』=もう1人の自分自身と共に、女将=『仙台千代』は照れくさそうな表情を見せた。


「とはいえ、今となってはどれも大事な思い出ですわ。失敗をご指摘されたぬらりひょん様のお言葉はどれも厳しかったのですが、そのお陰で目が覚めましたから。わたくしが緊張し過ぎたり不安がってしまっては、旅館そのものも落ち込んでしまう。旅館というのはわたくしのような『女将』を始めとした、働く方々の『心』そのものだって事に、気付かされたのです」

「働く人たちの心……そうか……」


 その言葉を聞いて、良太はどこか肩の力が抜けたように感じた。

 あの完璧な女将ですら、最初は様々な形で苦労し、酷いミスを犯してしまっていた。

 それでもしっかりとそう言った情けない彼女自身と向かい合い、旅館で働くという意義を女将なりに見つけていた。

 単なる職場体験で訪れただけの自分でも、そう言った『答え』が自分なりに見つけられれば嬉しいかもしれない、と彼は思った。


「……というか女将さん、そんなとんでもない事実、俺なんかに教えても良かったんですか?」

「ええ。『関本良太さん』だからこそ話したのですわ。言ったではありませんか。貴方は立派な『無限旅館の仲間』だって」

「仲間……ありがとうございます……!」


 静かに頭を下げる良太を、『仙台千代』と『カワウソ』、ふたりの女将の視線が優しく包んだ。

 そして、この機会なのでもう少し色々と聞きたい、と彼が身を乗り出そうとした、その時だった。休憩室に、3人目の女将が入ってきたのは。


「良かった、いらっしゃいましたわ。良太さんに伝えたい事がありますの」

「俺ですか?」

「ええ。お客様からのご要望で、是非貴方に来て頂きたいと」

「お客様……母さんから、ですか?」


 一体なんだろうか、ときょとんとする彼の背中を押すように、女将たちは声を合わせて語った。


「「きっと素敵な時間が待っていますわ♪」」


 その『素敵な時間』とやらの正体が分からない、という若干の不安を抱えつつも、良太はゆっくりと立ち上がった。

 今の彼は、無限旅館の立派な『仲間』。逃げる理由なんて、どこにもない。

 どこまで及ぶか分からないけれど、女将さんに負けないぐらいに頑張らないと――気合を入れ直した彼は、女将たちに見送られながら『√-1階』を後に、『?階』に存在する超巨大な大広間へと足を進めた。

 様々な宴会や会議などに使われるという、その場所の扉を開き、失礼しますという挨拶をしようとした彼を待っていたのは――。


「「「「「「「「「「「「「「「「うふふ、待ってたわ、良太♪」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

「!?!?!?!?」


 ――地平線の果てまでぎゅうぎゅう詰めに覆い尽くしながら、アイドルとして鍛えた魅力的過ぎる笑顔を見せつける、『無限』に『無限』を重ね合わせた数の良太の母、関本美門の大群衆であった……。

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