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第16話:無限旅館のパラドックス

 無限の廊下、無数の客室、果てしなく続く空間を有する『無限旅館』。

 そのあらゆる場所が、計測不能なほどの数に増殖した良太の母、関本美門によって覆い尽くされていた。

 現役時代さながらのアイドル衣装や魅力的なアイドルポーズ、心を撃ち抜くアイドルスマイルを見せつけ、『無限旅館』を貸し切った『無限人』の彼女はこの異様な空間を文字通り支配していた。

 そんな場所へ、更なる『無限人』の客が急遽到着し、宿泊する事になる――そんな無茶苦茶な事態に、良太が愕然としない訳はなかった。

 

「……あ、あの……女将さん……」


 そして、恐る恐る良太は同じ姿形の女将たちに尋ねた。


「ま、まさかそのお客さんって全員とも……」

「「「うふふ、もちろんお客様はみんなあなたのお母様、『関本美門』様ですわ♪」」」

「やっぱりぃぃぃぃぃぃ!!!」


 今日何度目か分からない絶叫を、無限人の母や女将でびっしり覆い尽くされた空間に響かせた良太は、更に疑問を投げかけた。

 『無限旅館』は『無限』の面積を持ち、『無数』の客室を有している。

 だが今、そのあらゆる客室は全てアイドル衣装の良太の母によってぎっしりと覆い尽くされており、空き部屋は1つも存在しない状態になっているはずである。

 それなのに、無限旅館の女将こと仙台千代は、笑顔で呆気なく『無限人』の良太の母と言う途轍もない数値の追加の客を受け入れてしまったのだ。


「それって大丈夫なんですか?部屋は満室なのに、もう泊まれる部屋なんて残っていないでしょ……!?」

 

 しかし、慌てる良太に対し、彼の周りを取り囲む女将たちは、落ち着いた様子で答えた。


「「「うふふ、大丈夫ですわ。そう言う事態に備えて、『無限旅館』にはちょっとした裏技がありますの」」」

「えっ、裏技……?」

「「「そうですわ。ですが、それを実行するためには、良太さんの力が必要になるのです。協力してくれますか?」」」

 

 彼女の温和だがしっかりとした声に、一瞬良太はたじろいだが、すぐ姿勢を戻し、了承の頷きを返した。


「……分かりました……!もう色々なものが無茶苦茶ですけど、出来る限り頑張ります……!」

「「「ありがとうございます、助かりますわ♪」」」


 それから数分後、『無限旅館』のあらゆる場所に、女将による案内放送が流れた。


『お泊りのお客様へお願い申し上げます。諸事情により、お部屋の移動をお願いいたしております。おくつろぎの所申し訳ありませんが、ご協力して頂ければ幸いです。なお、お手回り品の移動などは、私どもがお手伝いいたします』


 その声を聴いた直後、夥しい数の良太の母が部屋の移動に備えた準備を始めた。

 

「「「あら、お部屋を移動するんですって♪」」」

「「「まあ、大変ね♪」」」

「「「でも、千代さんが言うなら仕方ないわね、うふふ♪」」」

「「「そうね♪それに、今回は良太もいるもの♪」」」


 大音量で天井が抜けそうなほどの母の無数の声が響き渡る中、良太は女将の指示を受け、大量の『客』を的確に案内するべく動き出した。

 事前に女将から渡されたメモには、元の部屋の番号と、そこから移動する新たな部屋の番号が記されていた。


 100号室に滞在していた良太の母は、200号室へと移動。

 39482039820号室の母は、78964079640号室へ。

 4504829108129831号室からは、9009658216259662号室へと向かう。


 まるでパズルのような移動であったが、今回は決して数字を間違えないよう、良太はメモ用紙や部屋の上のプレートを凝視しつつ、各地の部屋に滞在している自身の母たちを丁寧に案内するべく奮闘した。


「「「「うふふ、良太、頑張って♪」」」」

「「「「「「お母さん、応援しているわ♪」」」」」」


 そんな彼に付き従い、新たな部屋へ向かう無数の母は、甘い声で声援を送ったり、笑顔で抱きしめてきたり、様々な方法で息子を讃え続けた。

 あまりにも大胆過ぎるやり方に真っ赤になり、つい混乱しそうになるのを耐える中、彼はふとある事が気になった。

 この部屋の移動方法が、何かの法則のようなものに従っているように感じたのだ。


「あれ、母さん、この移動って……」

「「「「「「あら、良太、どうしたのかしら?」」」」」」」

「あ、す、すいません、お客様……何でもないです……!」


 つい気を抜いてしまい、ごく自然に『母』として接しようとした良太であったが、すぐ自分の周りを覆い尽くすアイドル衣装の美女たちは全員とも『無限旅館』に宿泊する客である事を思い出し、あくまでも従業員として徹しようと努力した。

 そんな彼の成長した姿を見て、無数の母は愛情あふれる笑顔を四方八方から浴びせてきた。

 グラビアアイドルとして多くの人々を魅了したその表情が無尽蔵に溢れる光景に、良太は全身が真っ赤になってしまうのだった。


 それから時間が経ち、ようやく良太は最後の部屋移動に関する案内を終えた。


「そ、それではごゆっくりおくつろぎください……!」

「「「「「「「うふふ、ありがとう、良太♪」」」」」」」

「「「「「「良太、素敵よ♪」」」」」」」」


 無数の母からの激励の言葉を背に受け、嬉しさと気恥ずかしさを感じながら、彼は職員専用の階層である『√-1(ルートマイナス1)階』へ戻り、一旦小休憩をとる事にした。

 腰掛けへ身を委ねた彼に、緑色の着物が似合うたくさんの女将が集まり、優しく声をかけた。


「「「「「「「お疲れ様でした、良太さん」」」」」」」」」

「「「「「「「頑張っている姿、素敵でしたわ」」」」」」」」

「あ、ありがとうございます……。女将さんの方も、お疲れ様です……」

 

 夥しい数の母を捌き続けた良太と同様、女将たちも夥しい数になって溢れ続ける良太の母を新たな部屋に案内する仕事で大忙しであった。

 そんな彼女たちと健闘をたたえ合う中で、良太はふと思いついた。

 折角の機会なので、先程からずっと気になっていた疑問を尋ねてみよう、と。


「あの、女将さん……。今回指示された母さん……じゃない、お客さんの部屋の移動って、何か意味か法則みたいなのがあるんですか?単に遠くの部屋へ追いやった訳じゃないですよね……?」

「「ふふ、いい質問ですわ」」「「良太さん、こちらをご覧いただきませ」」


 そう言って女将たちが見せた紙には、今回移動を行った代表的な部屋の番号がずらりと並んでいた。

 左側には移動前の部屋が、右側には移動した後の部屋の番号が書かれている。

 これを見て何かに気づかないか、と言われた良太は、双方の数字をじっくりと見比べた。

 8号室から16号室へ、397号室から794号室、1029号室から2058号室、78789号室から151578号室へ――。


「……あっ……もしかして……!」


 ――そして、良太は気づいた。

 移動後の部屋番号が、移動前の部屋番号を2倍した数値になっている事に。


「「ご名答ですわ、良太さん♪」」「「今回、わたくしは全てのお客様に元の部屋番号の『2倍』の部屋へ移動して頂きましたの」」「「これによって、お客様がお泊りになる部屋は全て『偶数』の番号になります」」

「……偶数……確か2で割る事が出来る数字でしたっけ」

「「「ええ、分かりやすく言うとそうですわね」」」「「「そして、これによって『奇数』の番号のお部屋が全て空き部屋になります」」」「「「そこに、新たに訪れる無限人のお客様を泊める事が出来るようになる、と言う訳ですの」」」


 全ての客を『偶数』の番号に移動すれば、『奇数』の番号が空く――その言葉に、一瞬納得しそうになった良太であったが、すぐ新たな疑問が生まれた。


「あれ……?でも、確か既に旅館は無限のお客さんで満員だったんですよね?移動しても部屋の番号は『無限』という数で変わらないですし、新しいお客さんは入れないんじゃ……」

「「確かに、一度聞けばそう感じるかもしれないですわね」」「「「ですが、面白い事に『無限』には『無限』を重ね合わせる事が可能なのですわ」」」

「無限の重ね合わせ……?」

「「「ええ、『無限』の中に、新たに『偶数の無限』という概念を重ねる事が出来る……」」」「「無限と言う数値は、整理すれば幾らでも『無限』を入れられるのです」」

「む、無限に無限を入れる……は、はぁ……なるほど……?」


 まるで頓智のような女将の言葉を聞いた良太は、はっきりとその意味を理解する事が出来なかった。

 しかし、『無限旅館』ではあらゆる可能性が現実に起こりうる場所。例え理屈では分からない事だって平気で起きてしまう。

 理屈で考えるよりも、直感で受け入れるしかない――そう気持ちを切り替え、女将の言葉を受け入れようとした時だった。

 ずっと話題にしていた新たな『無限人の客』=アイドル時代と何ら変わらないスタイルを維持する関本美門の大群が、無限旅館にそろそろ到着する、という連絡が、新たな女将によって届いたのは。


 それを聞いた途端、良太は立ち上がって宣言した。


「女将さん、俺も行きます」

「「「まあ、良太さん……」」」「「「無理なさらなくても大丈夫ですのに」」」


 気遣いの言葉をかける女将たちだったが、良太はそれでも是非自分の中で出来る事をしたい、と告げた。


「今回訪れるお客さんもみんな俺の母さんなんですよね?だったら、きっと俺に会うために来ているんだと思うんです。旅館で仕事をしている俺を応援するために……」


 その気持ちに、息子として応えたい。

 いつも様々な方面で迷惑ばかりかけている分、こうやって頑張っている姿を見せて、母さんを励ましたい――その言葉を受け、女将たちは満面の笑みを見せた。

 今の言葉を『お客様』=良太の母こと関本美門が聞いたら、きっと大粒の嬉し涙を流すだろう、と。

 

「あ、ありがとうございます……」


 少々格好付けすぎたかもしれない。でも、こういう状況も案外悪くない。

 嬉し恥ずかしの気分を心に秘めながら、良太は再び押し寄せる『無限』の客のために歩き出した……。

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