第15話:無限人のアイドル・後編
「「「「「良太~♪」」」」」「「「「「泊まりに来たわ~♪」」」」」
「「「「「良太~♪」」」」」「「「「「泊まりに来たわ~♪」」」」」…
途轍もなく巨大な玄関の奥、果てしなく続く廊下の先、あらゆる階層に続く階段の上――今や、『無限旅館』は良太の母=元・アイドルの関本美門によってびっしりと覆い尽くされていた。
どこを見てもそこにいるのは、満面の笑顔を見せるアイドル衣装の美女ばかり。
あらゆる空間は、魅力あふれる彼女たちの肉体によってぎっしりみっちり埋め尽くされていた。
そして、その数は千、万、億と言う単位では表せない程だった。
当然だろう、予約していた彼女たちの人数は文字通りの『無限人』。どこまでも無尽蔵に大量の彼女が押し寄せ続ける状態が延々と続いていたのだ。
そんな無茶苦茶な事態は、『無限旅館』のラウンジでも繰り広げられていた。
果てしなく並ぶラウンジの座椅子に深く腰掛けて寛いでいる母の大群、窓辺でずらりと並んで景色を眺める母の大群、ラウンジに入れず廊下で自分自身の特集が掲載された『過去』の雑誌を読んでいる母の大群――良太の視界に入るのは、全てが魅力的かつ官能的な肉体美を持つ自分の母ばかりであった。
全て同じ顔、同じ声、同じ仕草、同じアイドル衣装――職場体験の中で常識外れの状況を何度も経験し続けてきた良太にとっても、それは最大クラスの異様な光景だった。
「「「「「「うふふ、『無限旅館』はいつ来ても素晴らしいわね♪」」」」」」」
「「「「「「本当ね、旅館の中身は素晴らしいし、千代さんはとっても綺麗だし♪」」」」」」」
「「「「「それに今は……うふふ♪」」」」」」」
「「「「「そうよね、良太がいるんだもの♪」」」」」」」
だが、無限に広がるラウンジの中で母の笑い声が響き渡る中でも、良太は懸命に『無限旅館』の仲居として振る舞おうと努力した。
絶え間なく数を増やす無数の母を何とか押しのけ、旅館からのサービスであるジュースを乗せたトレイを抱えながら、自分の仕事を果たそうとしていたのである。
「か、母さ……じゃなかった、お客様、ど、どうぞ、サービスドリンクです……」
「「「「まあ、ありがとう、良太♪」」」」
無数の母が一斉に良太の周りに群がり、用意されたジュースをストローで飲む。
その仕草1つだけでも、彼女たちがアイドルとして人気を博した事を誇示するかのような、セクシーさとキュートさを併せ持った雰囲気が溢れ出していた。
目の前にいるのが母である事をつい忘れてしまうほどの魅力的な要素が溢れる空間に、健康的な男子である良太はつい夢中になりかけてしまった。
「……はっ……!」
「「「「うふふ、良太♪」」」」「「「「もっと『アイドル』に夢中になっていいのよ♪」」」」
からかうように語り掛ける無尽蔵の母の好意に、良太は全身が真っ赤になってしまった。
やがて、反応に困る彼を尻目に、周りにいるアイドル衣装の母は笑顔で語り始めた。
「「「「「それにしても、良太がこんなに旅館で頑張っているなんて……♪」」」」」
「「「「「お母さん、とっても嬉しいわ♪」」」」」
「「「「「そうよね、あんなに小さかった良太が……♪」」」」」
「「「「うふふ、こんなに立派になって……♪」」」」」」
遠い目をしながら思い出話を始めるような気配を見せる無数の母に、良太は背筋を凍らせた。
ただでさえ母が語る自分の昔話はどこか過去を暴かれるようで、嬉しいやら恥ずかしいやらこそばゆい感覚に襲われるのに、それが測定不能な数の母自身から一斉に語られてしまうのだから当然だろう。
「「「「テーマパークに行ったときは帰りたくないってずっと泣いていたわね♪」」」」
「「「「アイスを落として30分も立ち直れない事も……うふふ♪」」」」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って!!なんでそんな事知ってるんだよ……!」
「「「「良太、お母さんには何でもお見通しなのよ♪」」」」」
「……!!」
あまりの恥ずかしさに顔が沸騰しそうになりながらも、良太は必死になって叫んだ。
そんな話をよりによって『無限旅館』の中で言わないで欲しい、女将さんにも聞こえちゃうじゃないか、と。
無数の母によって良太の過去のエピソードが明かされる度に、周りを取り囲む女将たちの笑顔がより深まっているような感じを覚えてしまったのである。
そんな大慌ての彼に対し、母は笑顔で謝罪を行ったのだが――。
「「「「「「うふふ、ごめんなさい♪」」」」」」」
――反省しているのか分からないその声は全く同じで、笑顔も一糸乱れぬものだった。
圧倒的な母の存在感に、良太は顔を真っ赤にしてうなだれるしかなかった。
そんな無数の母による混乱が続く中、何とか気分を変えたいとふと玄関を見た時、良太は奇妙な事態が起きているのに気がついた。
先程まであれほどぎゅうぎゅう詰めだった入り口に隙間が見えてきたのだ。
それは、押し寄せ続けた彼の母=関本美門の数が、少しずつ減り始めた、と言う事でもある。
だが、それはある意味非常に不可解な現象だった。
一体何が起きているのか、良太は大量の母をかき分けて近くで笑顔を見せながら待機していた女将たちのもとを訪れ、詳細を尋ねた。
「女将さん……なんだか玄関が落ち着いてきていませんか?」
「「「「あら、そうですわね」」」」「「「「きっと『無限人』のお客様が全員到着されたからでしょうね♪」」」」
「へ、全員到着……?い、いや、だって予約していたのは『無限』の人数なんですよね?」
「「「「ええ、その通りですわ」」」」
「それなら、これからも果てしなく延々と無数の母さん……じゃなかった、お客さんが無限旅館に訪れ続けるんじゃ……」
そう、『無限』と言うのなら、それこそ良太は新たに押し寄せ続ける母を永遠に相手にしなければならない事になる。
それなのに、まるで『有限』の数のように無限と言う概念に『上限』のようなものが存在している。
数学が苦手な良太でも、その奇妙さはしっかりと把握していた。
だが、これはどういう事なのかと尋ねた彼に返ってきたのは――。
「「「「うふふ、この『無限旅館』では、あり得ない事はあり得ませんの」」」」
「「「「『無限』と言う数に『終わり』が存在するなんていう事も普通に起こるのですわ♪」」」」
「へ……?無限に限りがある……?」
――訳が分からない返事だった。
それでも、良太は納得せざるを得なかった。
女将の言う通り、この『無限旅館』では文字通りありえない事はあり得ない。
腐ったヘドロジュースを美味しそうに飲む泥人形の客、伝承のみの存在だと思っていた妖怪が当たり前のように宿泊する、など常識外れの事が幾度となく起きているのがこの『無限旅館』なのだから。
そもそも、この旅館自体が文字通り無限の空間を有する奇妙な場所。常識で考える事自体が間違っているようなところなのだ。
(……仕方ない……女将さんの言葉、受け入れるしかないか……)
ただ、それでも良太は落ち着く事が無かった。当然だろう、その『無限の空間』は、今やアイドル衣装に身を包んだ母の大群に覆い尽くされるのだから。
今までも無茶苦茶さに体が持つか心配だったけれど、今回はそう言った状況とは比にならないほどの状況。
本当に大丈夫なのか、という不安や心配が渦巻く一方で、『アイドル』だらけの空間に嬉しさも若干存在するといった複雑な心境を良太が抱いた、その時だった。
「はい、『昼辺・瑠斗無限旅館』でございます……」
無数の母や女将によってぎゅうぎゅう詰めになっている空間の奥深くで、フロントに立つ女将がレトロな黒電話の受話器を持ち、誰かと話し始めたのが、彼の視界に入ったのは。
「はい……はい……はい、分かりました。すぐに来ていただいても構いませんわ」
そして、そのまま受話器を置いた女将は、良太のもとへ近づいた。
更なるカオスな事態を呼び起こしそうな事態を伝えるために……。
「うふふ、良太さんにお知らせがありますわ。この『無限旅館』に、『無限人』のお客様が急遽追加で泊まられる事になりました♪」
「は、はい、無限に……え、無限に……無限……ええええええ!?!?」




