第13話:来訪・無限のお客様
午前中に全ての客のチェックアウトが完了した『無限旅館』は、静けさに包まれていた。
どこまでも続く廊下、果てしなく景色を映す窓、延々と続く客室への扉――旅館内部に広がる空間は、人々や様々な存在の気配が消え去った事で、更にその広大さを際立たせているようだった。
そんな光景を見つめながら、お昼ご飯や小休憩を済ませた良太は静かに息を吐いた。
(……何度も思うけど、俺って凄い場所で職場体験してるんだな……)
文字通りの『無限』の景色に圧倒されつつ、彼は別の事も感じた。
昨日の午前中までの自分なら、このような時間になると面倒臭い、逃げ出したいという思いが先走っていた。
四方八方に佇む女将に見守られている以上不可能だったけれど、そのせいでさらに息苦しさや嫌気が増していた。
でも、今の彼は違う。沢山の女将――『無限旅館』で働く仲間に優しい笑顔で見つめられているという事に対して、気恥ずかしさもあるけれど、同時に嬉しさを感じる。
女将さんと一緒にいると楽しいし、様々なためになる知識も教えてくれるし、何より綺麗で素敵だし、スタイルも抜群だし――。
(……って、何を考えてるんだ、俺は……!?)
――つい余計な事を考えてしまった彼は、慌てて首を横に振ってその考えを否定した。
ともかく、関本良太と言う存在は大きく変わった。目の前の様々な業務にめげる事無く、頑張って挑めるようになったのだ。
そして、午後からも頑張ろう、という気合を入れるために、彼は近くにいた女将の1人に声をかけた。
それは、自身が思った以上に明るい響きだった。
「女将さん、午後の主な予定を教えてもらえますか?」
「あら、良太さん。そうですわね……午後は特別な日程になっております。この『無限旅館』を貸し切って過ごすお客様がいらっしゃいますわ」
「え、貸し切りですか……!?この無限に広がる旅館を……!?」
「はい、『全館貸し切り』でございます」
「は、はぁ……!?」
流石の良太も、女将の口から出た突拍子もない言葉に唖然とした。
確かに、女将が見せてくれた資料には、それなりに高い金額ながらも、しっかりと『無限旅館』を全館貸し切って過ごせるプランが記されている。
しかし、この旅館は名前の通り、面積も客室も大浴場の広さも、女将の数に至るまでありとあらゆる要素が『無限』。
そんな空間を豪勢に貸し切ってしまうなんて、一体どんな客だろうか、とますます気になった良太は、詳細を尋ねた。
期待と不安が入り混じった声に対して戻ってきたのは、さらりとした返事だった。
「ふふ、今回のお客様は『無限人』の団体様ですの」
「え……む、無限人……?」
「ええ、その通りですわ」
「ちょっと待ってください、無限って、本当に数限りないっていう意味の『無限』ですよね?ガチで無限にお客さんが来ちゃうんですか!?」
愕然とする良太に、女将は笑顔を崩さないまま答えた。
『無限旅館』は、文字通り無限の可能性を内包した場所。思いつく事なら何でも起こる。『無限人』の客が訪れるのも十分あり得る事だ、と。
「ちなみに、どんな方々かは、秘密ですわ」
「え、なんですかそれ……!?」
「お客様からのご要望に基づくものでして……うふふ♪」
「は、はぁ……」
何が何だか訳が分からないが、そのような事態なら今までに何度も起きていた。
なんなら、今こうやって語っている空間自体も、『無限』に果てしなく広がっているという、現実なら到底考えられない場所だ。
複雑に考えるより素直に受け取るのが一番かもしれない、と、良太は女将の言葉を受けて気持ちを切り替えた。
すると、そんな彼に対し、今度は女将の方が声をかけた。折角今まで頑張ってきたのだから、ここから先の時間、のんびり休んでも構わない、と。
「え、女将さん……?なんで……?」
その言葉に、良太は驚きの言葉を返した。
「慣れない仕事が続いて大変だったでしょう。精神的にも肉体的にも、良太さんは疲弊しているはずです」
「そ、そう……かもしれないですけれど……」
「そうでしょう。これ以上、無理をし過ぎてはいけませんわ」
これからの『無限人』の客は自分たち、女将こと『仙台千代』に任せて、『無限旅館』の部屋で思いっきり寛いだり大浴場に入ったり、のんびりと今まで頑張った分の疲れを癒して欲しい――そう女将が進言した時だった。
「……いえ、俺も手伝います」
「えっ……?」
はっきりと述べた良太に、女将は驚いた。
「それでは、良太さんの休む時間が無くなってしまいますわ。ただでさえお疲れでしょうに、それでも構わないのですか?」
体調を気遣う女将の言葉に礼を述べつつも、彼は自分の意志を伝えた。
確かに休みたいという気持ちが無いと言えば嘘になるけれど、それ以上に、自分自身も『無限旅館』の一員となり、最高のおもてなしの協力をしたい思いの方が強い、と。
「これから旅館に来るのは、女将さんと同じぐらいの数の『無限人』のお客さんなんでしょう?だったら、少しでも人数が多い方が、もっと良い『無限のおもてなし』が出来ると思うんです。無限にたった1つの数を加えるだけかもしれないですけど、少しでも力になれたらなって……」
「まぁ……!」
その言葉を聞いた女将――良太の傍の女将だけではなく、周りにいた女将たちは、あちこちで拍手の音を響かせ始めていた。
自分らしくない事を言ってしまった、と照れくさそうにする彼を見つめながら、女将は心からの笑顔を浮かべた。
彼女たちの瞳に映る、『職場体験』のために訪れた男子学生の中に、あの面倒臭がりな怠け者の影はどこにもなかった。
「……ありがとうございます、良太さん。出来る範囲で頑張って頂ければ、こちらは本当に嬉しいですわ」
「分かりました、出来る限り頑張ります……!」
そして、そんな頼もしい存在を見ながら、女将たちは語った。きっとその姿を見て、『お客様』は涙を流して喜ぶだろう、と。
その意味深な言葉に、若干不思議そうな表情を見せる良太だった。
そんなやり取りからしばらく経った時、旅館の玄関から別の女将が現れた。
件の無限の『団体客』を乗せたバスの1台目が、『無限旅館』の駐車場に到着した、と言う連絡を伝えるために。
ただ、どういう訳かその声は妙に普段よりも明るく、楽しそうだった。
「それでは良太さん、お客様を迎えに行ってくださいますか?」
「はい!」
元気よく挨拶をした良太は、玄関を飛び出し、坂を下って旅館の近くへ向かった。
だが、そこに停まっていた超大型の観光バスを見た瞬間、彼は思わず目を疑った。その巨大さではなく、車体に貼られたラッピングに、唖然としてしまったのだ。
「……え……これって……!?」
そこにあったのは、フリフリのアイドル衣装に身を包み、満面の笑顔を見せる女性の写真だった。
それも1人だけではない。車体全てを埋め尽くすように、同じ女性の写真が幾つも貼られており、そのどれもが見る者を魅了するような笑顔やポーズを見せていた。
そして、その写真の女性に、良太はあまりにも見覚えがあった。
「か……母さん……!?」
関本美門――かつて『アイドル』として人気を博していた良太の母の、あまりにも大胆すぎる姿だったのだ。
あまりにも予想外な事態に唖然としている間に、バスの扉がゆっくりと開いた。
慌てて姿勢を正し、客を迎え入れようとした良太であったが、その姿を見た途端、更に驚いた。
「いらっしゃいま……えっ……!?」
バスから降りてきた女性は、アイドル衣装に身を包み、満面の笑みで良太に向けて手を振る、彼の母――関本美門本人だったからである。
「良太~♪泊まりに来たわ~♪」
あまりに予想外の事態に混乱する良太であったが、それは文字通り『序章』に過ぎなかった。
彼が動けなくなっている間に、バスの奥からもう1つ、別の声が聞こえ始めたのだ。
「良太~♪泊まりに来たわ~♪」
「え……ええええ!?」
その方向を振り向いた良太は、驚きのあまり叫んだ。
当然だろう、彼の母、関口美門の次にバスから降りてきたのも、アイドル衣装に身を包み、満面の笑みで良太に向けて手を振る、彼の母――関本美門だったからである。
「「うふふ、良太♪」」
「へ、へ……な、なんで母さんが2人も……!?」
女将さんならまだしも、自分の母が2人もいて、しかも現役時代と変わらないプロポーションを維持している肉体をアイドル衣装で包んでいる。
そんな無茶苦茶な事態、あってたまるか――そう必死に考えた良太であったが、事態はそれだけに留まらなかった。
良太の母のラッピングで覆われたバスの中から現れ続ける客は――。
「良太~♪泊まりに来たわ~♪」良太~♪泊まりに来たわ~♪」良太~♪泊まりに来たわ~♪」良太~♪泊まりに来たわ~♪」良太~♪泊まりに来たわ~♪」…
――全員とも同じ髪型、同じ顔、同じ声、同じ肉体、同じアイドル衣装。
頭のてっぺんからつま先まで、ありとあらゆる要素が、良太の母である『元・アイドル』の関口美門そのものだったのである。
「「「「「良太~♪泊まりに来たわ~♪」」」」」
可愛らしさ全開の夥しい声が辺り一面に広がる中、絶叫する良太の声が、無限の空間に響き渡っていった……。
「は、は、は、はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?!?」




