第11話:無限旅館への道
「「「「ごちそうさまでした♪」」」」
「ごちそうさまでした……!」
夕食を終えた『無限旅館』の職員用食堂には、今日も暖かな満足感やほっとした空気が漂っていた。
無数の女将=仙台千代たちによる一糸乱れぬ大合唱に負けないように、良太も胸を張って美味しい食事への感謝の言葉を述べる事が出来た。
とことんやる気が無かった昨日とは正反対の彼の姿に、彼の傍にいた女将たちは一斉に微笑みを見せた。
そして、席を立って食器を片付けた彼は、それらの洗浄や整理と言った仕事を無数の女将たちに託し、部屋へ戻ろうとした。
すると、1人の女将が声をかけた。
「良太さん、もしよければ休憩室でお話ししていきませんか?」
その言葉に少し驚きながらも、彼は素直に頷いた。
「いいですよ」
「良かったですわ。折角ですから、もっと交流を深めたいと思いまして」
そう言われながら彼が案内されたのは、職員用食堂から少し離れた場所に佇む、和風の作業員用の休憩室。
障子越しに先客の影が見える事に気づいた良太は、丁寧に襖を開けた。
失礼します、と声をかけた彼の視界に広がっていたのは――。
「「「「うふふ、待っていましたわ、良太さん♪」」」」
――小ぢんまりとした休憩室をみっちりと覆い尽くす、何十人もの『無限旅館』の女将の大群だった。
みんな全く同じ姿、同じ形で、全く同じ笑顔を見せている。
幾重もの美しい花が丁寧に並べられているような雰囲気に若干の圧を感じながらも、良太は女将たちに導かれるように部屋の中央にあるふかふかの座椅子に腰を下ろした。
「ふぅ……」
息を吐くとともに、彼の身体から疲れが抜けていくように感じた。
すると、そっと彼に湯のみを差し出す美しい手が見えた。そこに視界を向けた途端、彼の顔は真っ赤になった。
当然だろう、そこに広がっていたのは、まるで彼を観察するような、大量の女将の笑顔だったのだから。
「「「「遠慮なさらずお飲みください。温度は少しぬるめにしておきましたわ」」」」
「あ、ありがとうございます……」
前後左右、どこを見ても無尽蔵の和風の美女ばかり。しかも、全員とも寸分違わぬ統一された姿形、声、記憶、人格、そして暖かさ。
自分が働いている場所の異様さ、常識外れぶり、そして魅力を改めて感じ、つい緊張してしまう男子学生の良太であった。
やがて、程良い温度に調節してくれたお茶を飲み干し、改めて座椅子に背をもたれて身を委ねた時だった。
良太の周りを取り囲む女将たちが、口を揃えながらある質問を投げかけてきたのだ。
「「「「そういえば、良太さんはどういう経緯でわたくしの『無限旅館』で職場体験をする事を選んだのですか?」」」」
「……えっ……」
その問いに、彼は言葉を詰まらせた。
当然だろう、その経緯はあまりにも情けなく聞き苦しいもの。
もし本当のことを言ってしまうと、折角築いた女将さんからの信頼が崩れてしまうのではないか――そんな不安な思いが、彼の胸をかすめた。
しかし、そんな良太に向けて女将たちは語った。
「「「「「「そんなに不安にならなくても大丈夫ですわ。あなたがどんな判断をしたか、それだけでわたくしが傷つく事は決してありませんから」」」」」」
「……本当ですか……?」
「「「ふふ、勿論ですわ」」」「「「女将に二言はありませんもの」」」
何を言われても、良太を信じる。その宣言が、決して嘘でないという事を示す言葉。
それに背中を押された良太は、覚悟を決めるかのようにゆっくりと口を開いた。
「……本当にすいません、俺、この場所を自分で選んだ訳じゃないんです」
「「「「「「……それは、どういう事ですの?」」」」」
「何というか、『職場体験』と言う行事そのものに全然興味が無くて、ずっと希望を出していなかったんです。そしたら先生に怒られて呆れられて、最終的に無理やりこの『無限旅館』に決めさせられて……」
「「「「「まあ……」」」」
彼が語った真実に、流石の女将も驚いたような声を漏らした。
それを聞いた良太は、慌てて言葉を付け加えた。
「あ、で、でも今は全然違いますよ!女将さんたちは凄いし、旅館の仕事も大変ですけど頑張りがいがあって……。それに、そもそも女将さんって綺麗だし、素敵だし、スタイルも抜群……だし……」
無我夢中で言っているうち、自分が発した文章の内容に気づいた良太は、再び顔を真っ赤にしてしまった。
そんな彼の言葉を聞いた女将たちは、彼の心を優しく包み込むような笑顔を見せながら、しっかりと疑問に答えてくれた事への礼を述べた。
「「「「「ありがとうございます。そのような事情があったのですね」」」」」
「は、はい……」
「「「「「でも、気にする事はありませんわ。今の良太さんはこの『無限旅館』に愛情を注ごうとしていますし」」」」
「……そうですかね……」
女将の励ましに、少しだけ心の中の重荷が取れたような気がした良太であったが、それでも奥底には女将を気遣わせてしまった申し訳なさが残っていた。
それに対して様々な思いが巡るで、1つの疑問が浮かび上がった。
「あ、あの、女将さんたちはどうだったんですか?やっぱり最初から、旅館の女将になる事に憧れていたんですか?」
その問いに、良太の周りを取り囲む女将たちは、一瞬だけ目を細めるような表情を見せた。
まるで、自分自身の過去を垣間見るかのように。
「「「「「少し異なりますわね」」」」
「えっ……?」
女将=仙台千代は、元々『旅館の女将』という仕事に対しての興味が無かった。それどころか、そもそも『女将』という職業がある事すら把握していなかった。
しかし、彼女には様々な存在と関わりたい、争うのではなく笑顔で交流する関係を築きたい、という願いがあった。
その折、幼い頃から育ててくれたという『育ての親』と呼ぶ存在が、彼女に『無限旅館』と言う場所を紹介してくれた。
そして、そこで待っていた『先代の女将』にあたる存在の仕事を見ている中で、旅館で働くという自分でぴったりの選択肢を知り、この場所で過ごしたいという決意を固めたという。
「……それってつまり、女将さんは最初から『女将さん』になりたかった、と言う訳じゃなくて……」
「「「「ええ、そういう事ですわ」」」」
最終的に自分でその道を選ぶことを決めたとはいえ、事実上他者から『旅館の女将』になるよう仕向けられていた、と呼んでも良い状況だった、と言う事だ。
それを聞いた良太は驚きと共に、どこか自分自身と同じようだという思いを抱いた。
しかし、その思いを口に出そうとした途端、心の中にそれを否定する別の考えが現れ始めた。
「……確かに女将さんは、俺と同じように仕事を他人から選ばれた身かもしれません。でも、女将さんは最初からやる気に満ち溢れていたんですよね?」
「「「そうですわね」」」「「「まさに天職でしたし」」」
「やっぱり、俺とは違いますよ……。俺なんて、過去を見て反省するまで、やる気がなくてダラダラして、すっげえダサい態度でしたし……」
そう言いながら自己嫌悪に陥りそうになる彼を見た女将たちは、そのような考えを起こさなくても大丈夫だ、という事を示すかのように、一斉に首を振った。
「「「確かに少し前まではそうだったかもしれません。ですが、今の良太さんは全然違いますわね」」」
「……それはそうですが……」
「「「よほどの能力や責任感が無い限り、過去を変える事は出来ない」」」「「「しかし、未来は誰にだって『無限』に変えられる権限がありますわ」」」
「……!」
未来は『無限』。自分の好きなように変えられる――女将の口から一斉に出たその言葉を、良太は反芻するかのように繰り返した。
過去が駄目でも、それを踏まえて未来を良い方向に変える事が出来る。未来の選択肢は、良い方向でも、悪い方向でも、文字通り『無限』にある。
それを掴み取るのは、自分次第だ――優しくも熱い女将のメッセージを、良太は心の中でしっかりと受け取る事が出来た。
「……ありがとうございます、女将さん……。少し、気が楽になりました」
「「「「「「ふふ、それは良かったですわ」」」」」」」
そして、しばらく無言の、しかしのんびりした時間が流れた後、ふと良太は思い出したように口を開いた。
この無限旅館に来てから、ずっと抱いていた疑問を、この機会に解消しようと思い立ったのだ。
「そういえば、気になっていたんですけど……。俺の母さんと女将さんって、知り合いなんですか?」
「「「「「「ええ、そうですわ♪」」」」」」
「へ……!?」
返事は、良太の予想以上にあっさりしていたものだった。
「「「「良太さんのお母様は、昔からこの『無限旅館』の常連でした。アイドルとしてお忙しかった頃も、何度かここで羽を休めていらっしゃいましたわ」」」」
「そ、そうだったんですか……!?」
彼の母――『関本美門』が、過去にアイドルとして活動し、多数のファンを獲得していた事は、良太も様々な形で知っていた。
その美貌や抜群のプロポーションに当時の面影を今もなお十分に残している事も、彼は家族としてたっぷりと把握していた。
しかし、その母が『無限旅館』の女将と知り合いだという事実は、彼にとって予想外の話だった。
初めて聞いた、と良太が驚いていると、女将たちが小さく笑った。それは、まるで悪巧みを思い付いたイタズラっ子のようだった。
「「「「そうですか……ご存じなかったのですね……ふふふ♪」」」」
「え……何ですか?なんか思いついたんですか?」
「「「「いえいえ、なんでもありませんわ」」」」
とび切り楽しそうな声で返され、良太は不思議そうに眉をひそめた。
しかし、そんな数十人の女将たちの様子を見て、彼は不思議と胸が温かく感じた。
女将が言った通り、未来は無限に変えられる。
ならば、一緒に創り出すであろう『未来』もまた、きっと楽しいものかもしれない、と思いながら……。




