階段怪談
非常階段の踊り場で起きた、ある夏の出来事
夏だし、折角だから怖い話でもしよう。
そんな事を唐突に提案して来たミホに私は多少戸惑ったが、好奇心の方が勝った。
今は夏休み中。
高校の校舎のニ階と三階の間にある外の非常階段の踊り場で、私たち二人は校庭を見下ろしながら話している。
「怖い話って、実体験?」
と私が上目遣いにミホに聞くと、ミホは「聞いた話だよ。」と足をブラブラさせ笑いながら、よくある学校の怪談を話し始めた。
いつものあの屈託の無い笑顔で。
夏だし、折角だから怖い話でもしよう。
ミホは一年前にこの非常階段の踊り場の上の階から首を吊って亡くなった。
しかしミホは今もなお縄に吊られた状態で、私の少し上でゆらゆら揺れながら楽しそうに話している。
幽霊なんだろうけど触れるし。
でも地縛霊になってしまったのか動けないようなので、たまに私が話を聞いてあげているのだ。
一緒に死のう、と約束したのに柵を乗り越えられなかった私のせめてもの償い。
「あの時は一緒に飛べなくてごめんね。」
と私は謝ったが、ミホは「大丈夫だよ。」と言って私を恨む事なく幽霊になってもにこやかに接してくれたのでホッとした。
良かった。本当は私死ぬ気なんて全然無かったし、適当に話合わせてたら一緒に首吊る事になっちゃって焦ったから恨まれてたらどうしよう呪われたらどうしようと内心怖かったのだ。
私が卒業するまでには成仏してくれるかなぁ。
そしたら私もミホの事忘れてスッキリできるのになぁ。
なんてぼんやりと考えていたら、ミホがあっと声を出して校庭を指差した。
「ほら、ユキの想い人。松村君いるじゃん。」
えっ何処?と私は思わず柵から少し身を乗り出した瞬間、背中にドンッと衝撃が走った。
あまりの力の強さに私の身体は前のめりに非常階段の柵を乗り越え、首にはフワッと縄のような物がネックレスのように丁寧に掛けられた。
─── 何で。大丈夫って言ってたのに。
思わず振り返るとミホはいつもの屈託の無い笑顔で私に手を振っていた。
「今、飛んでくれれば『大丈夫』だよ。」
夏だし、折角だから怖い話でもしよう。
ミホの姿は消えた。
後に残ったのは私をゆっくりと揺らす軋んだ縄の音と、鎮魂歌にしては煩すぎる蝉の鳴き声だけだった。
〈終〉