18. 影の牙、夜の襲撃
悪役出陣!
夜の街外れ。
焚き火を片付けたあとの路地裏は、昼間とは別人のように冷たく沈んでいた。
石畳にこすれる足音だけが、誰もいないはずの路地に小さく反響する。
カイが肩を揺らしながら、前を歩く二人を振り返った。
「今日は、さすがに無事に寝られそうだな――あれだけ派手に笑顔振りまいちゃったしな、な? ……おっと、シルフィアさん?」
シルフィアは笑って黙っていた。
でも胸の奥では、少しずつ冷たいものが張り付いていた。
リィナは手に、小さな花束をまだ握っている。
市場で買った、小さな花。
握りしめすぎて、茎が折れていた。
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ライハがその隣で小さくつぶやく。
「……人の温もりを知るたびに、狙われるリスクは増す。皮肉だな。」
それでもリィナは、ほんの少しだけ、唇を揺らした。
声にはならなくても、それは確かに笑みだった。
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その瞬間だった。
路地の奥に、音もなく張り付くような気配があった。
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ひんやりとした夜気が、突如として淀む。
カイが眉をひそめた。
「……風の音じゃねぇな。」
次の瞬間、石畳に黒い染みが落ちるように――
霧のような影が、道を塞ぐ。
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「聖女様――いや、“祝福の泥棒”か。」
声がした。
男でも女でもない、くぐもった声。
影の中心に仮面をつけた人影が立つ。
仮面の表には銀の文様。
口元に刻まれた笑みだけが不気味に歪んでいる。
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「上位の御方から伝言だ。“お前は光を撒くな、泥を撒け”――」
刺客の背後から、煙のように別の影が滲み、路地の石壁を這い上がる。
街灯の明かりがその輪郭を照らした途端、リィナは無意識に息を呑んだ。
霧が形作ったのは、人のようで人でない獣のようなもの。
牙の代わりに、割れた仮面の破片が口元に突き立っていた。
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カイが即座に矢をつがえる。
「テメェ――ッ!」
矢が放たれ、霧を裂く――が、影はすぐに再生し、笑う。
「無駄だよ。無詠唱の巫女がいても、止められやしない。」
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リィナの指先が、小さく光を帯びる。
だが、影は霧の刃を伸ばし、リィナの肩を狙う。
ライハが前に飛び出して魔力障壁を張る。
砕けた光と闇が、路地裏に火花を散らす。
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その隙に、仮面の刺客はシルフィアへと手を伸ばす。
「戻って来い、聖女様……お前が戻れば、全て静かに終わる……。」
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シルフィアは怯えながらも、リィナの背に隠れる。
「……嫌……! 嫌です……!」
刺客の手が光をまとったシルフィアに届く刹那――
リィナの目が一瞬だけ鋭く光る。
無詠唱の光が、影の腕を弾いた。
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その光が街灯に反射し、遠くの通行人の目を引いた。
誰かが声をあげる。
「……あれ、祝福の光……!?」
別の誰かがつぶやく。
「……あの人、修道女じゃ……聖女様……?」
ざわめきが、闇に走った。
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カイが矢を放つたび、影は切り裂かれるが、霧はすぐに形を戻す。
そして、霧の牙がカイの死角から迫った。
「カイ――!」
ライハの声が上がるが、一瞬遅かった。
霧の刃がカイの脇腹を裂く。
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「がっ……!」
鈍い音と血のにおいが、路地裏に広がった。
カイが膝をつき、矢を取り落とす。
リィナが花束を握ったまま、震える指を伸ばす。
だが、光は間に合わない。
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その時、震える声が闇を割った。
「……お願い……届いて……!」
シルフィアの掌が、カイの胸に触れた。
白い光がほとばしり、血に濡れた石畳を洗うように包んだ。
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刺客は顔を歪めて笑った。
「ほう……“奇跡”を隠せなくなったな……。」
シルフィアの掌が震え、額に汗が滲む。
光は脈打つようにカイの傷を覆い、かすかに息を戻した。
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しかし、路地の奥で人々の声がざわつく。
「……聖女だ……!」
「……あれが本物……!」
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逃げ道はもうない。
シルフィアは小さくリィナに向き直り、息を整える。
「……隠れていたのに……ごめんなさい。
でも、もう……隠れていられません……。」
リィナは花束を握りしめ、折れた花の茎から零れた雫を見つめた。
静かに頷く。
「……一緒に……。」
震えた声は、シルフィアの心をわずかに支えた。
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刺客は霧の獣をまとめ、路地裏を塞ぐように手を広げた。
「いいだろう――
奪って、引き裂いて、光を闇に還してやる。」
だが、その背後で何かがひび割れるように揺らぐ。
リィナの指先が、折れた花を離し、光を宿し始めた。
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その頃――
遠くの暗い祭壇のような空間で、上位魔人は仮面越しに小さく嗤った。
「さあ、祝福を棄てろ。“執政の器”よ。
絶望で縫い止めてやる。」
仮面の奥の瞳には、だが焦燥が滲んでいた。
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