16. 束の間の幸せと次の誓い
九蓮宝燈
森を抜けたのは、夜が深く沈む頃だった。
封印の奥で光と闇を渡った彼らの足取りは、驚くほど静かだった。
リィナは苔むした樹海の縁で立ち止まり、少しだけ夜風を吸い込む。
声を取り戻したと言っても、まだ喉は焼け付くように痛む。
けれど、その痛みは確かに生きている証のようだった。
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焚き火の周りには、わずかな荷物とほのかな食事の香り。
カイが森で摘んだ木の実と、ライハが狩ってきた小さなウサギの肉が串に刺され、火にかけられている。
カイは焼き加減を気にせず、木の実を片手にむしゃむしゃ頬張った。
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「おいカイ、焼きすぎだ。」
ライハがじっと串を見つめて眉をひそめる。
「いや、これくらいが香ばしくて――あっ。」
言い終わる前に、焦げた肉が火の中に落ちた。
カイの目の前で、肉が小さな火花を立てて燃え尽きていく。
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「……お前な。」
ライハは無言で別の肉を串に刺し直し、今度は自分で炙り始めた。
リィナは焚き火の向こうで、そのやり取りを見つめている。
頬の奥がくすぐったくなり、喉の奥が小さく震えた。
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「……ふ、ふ……。」
かすかな声が漏れる。
カイは目を見開き、炙った木の実を口から吹き出した。
「今……今、笑った!?声が……!?」
リィナは慌てて唇を押さえる。
喉がまだ痛い。けれど、カイの真顔が可笑しくて、堪えきれなかった。
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ライハはくすっと短く笑い、串をカイに突き出した。
「ほら、次は落とすな。」
「うるせぇ!」
焚き火の火がパチパチと弾ける。
深い森の奥で聞いた血の契約の声も、責める幻影も、今だけは遠い。
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食事を終えると、カイが背中に弓を立てかけながら地図を広げた。
「さて……これからどこに向かう?
星の棺の封印を解いて、次は?」
ライハが背負い袋から一枚の羊皮紙を取り出す。
棺の奥で刻まれていた古代の碑文の写しだ。
焚き火の赤い光に照らされ、古い文字が滲んで揺れる。
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「『時の回廊』――
無詠唱の真源が封じられている場所だ。
エゲリアが最後に隠した“鍵”の座標が示されている。」
ライハの声に、カイが鼻を鳴らす。
「おいおい……また封印か?
今度こそ腹いっぱいじゃ足りなそうだな。」
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リィナは小さく息を吸い、焚き火の向こうで地図を見つめた。
喉が痛む。
けれど――今度は震えながらも、言葉が漏れた。
「……行く。」
小さな声。
それだけで、ライハとカイの目が一瞬、焚き火の光よりも優しく揺れた。
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月明かりの下、遠く離れた森の入り口には、黒い人影が立っていた。
仮面の奥で微かに唇が笑む。
「束の間の灯火など、
次の夜明けには吹き消してやろう――。」
上位魔人の声は風に溶け、誰の耳にも届かない。
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焚き火が小さく爆ぜる。
カイが口を開いた。
「次こそ街の宿で寝ような?
硬い地面はもうゴメンだ。」
ライハが小さく笑い、リィナは喉を押さえたまま、ふっと息を漏らす。
暖かい。
小さくても、確かに人の声の中に、自分の声が戻っている。
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でも、心の奥のどこかで、またあの声が囁く。
――守れるか? 本当に?
リィナは唇を噛み、焚き火を見つめた。
声を取り戻すたびに、何かを失う。
それでも――
「……守る。今度こそ……」
かすれた言葉が、夜空に溶けていった。
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束の間の焚き火の光が、
まだ見ぬ時の回廊への道を、小さく照らしていた。
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