13. 問いの答えと血の契約
最近暑いので体調管理気をつけてください!
光の渦の中に立つ精霊王の姿は、
人の形をしているようで、人ではなかった。
無数の蔦と苔、蝶と光の粒子が人の輪郭をかたどり、
その奥に深い翠の瞳だけが、生きているように瞬いている。
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リィナは、言葉にならない声を、喉の奥で震わせた。
問いを発する術はない。
けれど、問いは確かに存在した。
――私は何者なのか。
なぜ、叫びを失わなければならなかったのか。
無詠唱の果てに何があるのか――
声なき問いが、リィナの胸を突き破るように溢れる。
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精霊王はゆっくりと片手を掲げた。
青白い光が、蔦のように腕を伝い、空中に古代文字を編んでいく。
その文字は、言葉ではなく、
リィナの脳裏に直接刻まれた。
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――お前は“時の器”。
忘れられた叫びの代わりに、世界の残響を背負うもの。
――無詠唱とは、失われた声を外へ出さず、
内側で全てを繋ぎ変える術。
その代償は、記憶、血、命。
時を司る者の、根源の呪い。
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ライハが思わず一歩前に出た。
「待て……! ならば――リィナの声は、戻らないのか!?」
精霊王は視線だけを彼に向け、静かに首を振った。
――声は戻る。
だが代償は必ず、血と悲しみを伴う。
叫びとは、世界を繋ぐ鍵であり、
同時に、お前を切り裂く刃となる。
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カイが苔の床を蹴り、小さく舌打ちした。
「……つまり、声を取り戻せば誰かが死ぬってことかよ……!」
森の奥で蝶がざわめいた。
光が一層強くなる。
リィナの頭上で、ほんの小さな光輪が再び生まれかけて、すぐに消える。
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精霊王の声が、脳裏を貫く。
――選べ。
時を喰らうか、叫びを閉ざすか。
この森の心臓を開き、血の契約を交わすか否か。
森の奥の根が軋む音がする。
大地の奥深くに眠る魔素が、呼吸をするように脈を打つ。
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ライハがリィナの肩を掴んだ。
「やめろ……お前はもう十分だ。
代償なんて……もう――」
リィナは、ゆっくりと首を振った。
頬に滲むのは涙ではない。
失った声の奥から、小さな「叫び」が、彼女の心を突き動かしていた。
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リィナは、指先を噛んだ。
流れた血が、苔に落ち、青白い光に溶けていく。
精霊王が手を伸ばす。
――血を、刻印に。
お前の叫びを、時の継承に。
リィナはそっと差し出す。
掌から零れた赤は、樹の根へと吸い込まれ、森の奥を青く光らせた。
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カイが叫んだ。
「……これでいいのか、リィナ!」
だが、リィナの瞳には、微かな――
“笑み”のような光があった。
声はない。
けれど、その目が全てを物語っていた。
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森の奥で、光が渦を巻き、古代の紋様が樹の根に刻まれる。
樹皮の奥で、何かが軋みを上げるように開かれた。
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――時は満ちた。
星の棺の座標は、
お前の血と共に開かれる。
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森の心臓が開く。
光の奥に、新たな“道”が生まれる。
その先には、リィナが探し続けた真実の残響が――
微かに息づいていた。
次回もお楽しみに。