12. 森の鼓動、精霊王の呼び声
好きなキャラ教えてね!
霧を越えた先は、思いのほか明るかった。
長い霧の回廊を抜けると、そこには苔むした巨木が広がり、
幹には無数の精霊蝶がとまって淡い光を放っていた。
枝葉はまるで空を覆う大伞のように幾重にも連なり、
差し込む光は緑の海を揺らしていた。
⸻
カイが呆れた声を漏らす。
「……ここだけ別の世界みてぇだな。」
ライハは腰の短剣を納め、リィナに目を向ける。
「この先に、必ず“棺の鍵”がある。……けれど同時に、
この森の主――“精霊王”がいる。」
リィナはゆっくりと頷いた。
だが不安はなかった。
霧の奥で確かに感じた。
この森は彼女を試したが、拒絶はしていない。
むしろ――
⸻
奥へ進むにつれ、鳥や小動物の姿が増えた。
リィナの足元には、足に絡まるように小さな精霊狐が寄ってきた。
尻尾を振り、鼻をひくひくさせる。
カイがしゃがみこみ、狐に手を伸ばす。
「おいで……!」
がぶり。
「いってぇ!! 噛むのかよ!!」
ライハがため息をつく。
「試されてるのはお前だけだろう。」
リィナは喉を押さえ、声なき笑いをひそめる。
⸻
やがて、苔の絨毯が途切れる場所に出た。
森の奥にぽっかりと広がる空間。
そこだけ、巨木の枝が丸く途切れ、空が覗いている。
空に向かってそびえる一本の“王の樹”。
樹皮には古代の紋様が無数に刻まれ、
幹の割れ目から、青白い光が脈動していた。
それを目にした瞬間、
リィナの胸の奥が震えた。
⸻
ライハが低く呟く。
「……この中にいる。」
風が吹き抜ける。
樹の脈動が、まるで誰かの鼓動のように響いてくる。
カイが弓を下ろす。
「戦う相手……ってわけじゃないんだよな?」
ライハが微かに笑った。
「相手ではない。“会いに行く”んだ。」
⸻
リィナが一歩、樹の根の裂け目に足を踏み入れた。
冷たい空気が胸を撫でる。
一歩ごとに、声を失った喉が疼くように痛む。
エゲリア――
かつて“時の執政”がここに遺したもの。
それが、どんな願いを宿していたのか。
そして――
無詠唱の秘密の奥底に、何が封じられているのか。
⸻
樹の中は、外とは違い、広大な空洞だった。
内部の壁を青白い苔と蔦が這い、精霊蝶が道標のように光の帯を形作る。
リィナが手を伸ばすと、蝶が舞い上がり、ひとつの輪を描く。
その中央――
光の渦の中に、白銀の衣を纏った人影が立っていた。
⸻
ゆっくりと腕を広げるようにして、その人影が形を持つ。
姿は人に似ているが、顔はどこか霞がかかり、瞳だけが深い翠に輝いている。
声はなく、言葉はない。
だが、脳裏に響く呼び声だけが確かにあった。
――来たか、我が刻の継承者。
リィナは、無意識に膝を折った。
誰に教わったわけでもなく、そうするべきだと身体が知っていた。
⸻
ライハとカイも息を呑んで立ち尽くす。
精霊王は言葉なく、ただ視線をリィナに注ぐ。
瞼の裏で何かが剥がれ落ちるような感覚。
霧の村で流した血の残響、
街で交わした小さな笑い、
無詠唱に刻まれた叫び――
すべてが、光の中に吸い込まれていく。
⸻
――問いを捧げよ。
失った声の代わりに、お前の奥の奥を、
ここに開け。
リィナの胸の奥で、心臓が脈打った。
声にならない声が、震えながら喉元を叩く。
問いは一つだけ。
無詠唱の真実か、失ったものか。
それとも――
⸻
やがてリィナは顔を上げる。
深い緑の光の奥で、精霊王の瞳が揺れた。
その瞳に、リィナの問いが映る。
⸻
森の鼓動がひときわ強く鳴り響く。
エゲリアの封印が、ゆっくりと――
その錠を外そうとしていた。
ブックマークお願いします⭐︎