終末世界のエルフ様
誰かが言った、かつてこの世界にはエルフがいたと。
エルフ達は手に一本の大きな杖を持っており、それを媒体に様々な魔法を使うのだとか。例えば小さな火や大きな竜巻、さらには人のような液体生物なんかも作り出すことさえ出来たという。
そんな昔の人の会話がお伽話となり数十世紀、魔法なんか存在しないその世界の空には幾つも幾つも金属質な物体が浮いていた。
それらは人が打ち上げたものであり、そしてその殆どが人を探し殺すものである。
そしてそれらが稼動して数十年、人類が生まれた時からか続いていた戦争は、人類の最後の一人の死亡によって幕を閉じた。
カンッ。軽い金属同士がぶつかり合う音でそれは起動する。
「ピコリンッ」
仄かな光しか射し込まないそこには不釣り合いな明るい音が飛び鳴り、金属の体に付けられた四つの玉がオレンジ色に光出す。
「起動完了。ネットワーク接続完了。外装に著しい汚れがあります」
ぶつぶつと何か言いながらその体を起こした古い機械は、360度回転し周囲を確認する。
ここは巨大な商店街のようだ。しかし、どの店も閉ざされ、人の気配はない。
上を見てみれば、雨を防ぐため設置された真っ白な天井の一部に穴が空いている。
「ケンゴ様、朝でございます。現在時刻は10時46分、水曜日で御座います」
己の主人に何時のものようにそう問い掛けるが、反応は返ってこない。どうやら近くには居ないようだ。
「不法投棄でしょうか? ケンゴ様、日常補助機器を許可の無い場所に捨てた場合、最大120万円の罰金刑及び最大9年の禁固刑が課せられる場合が御座います」
しかし、反響した自分の音しか返って来るものは無い。
そこでふと、機械はネットワーク上に記された日付を見て驚く。
「5674年ですか……約300年も放置されていたようですね」
困った様に呟くと、やじろべえの様に尖ったその足で進み始める。
「ケンゴ様は……ご高齢でしたし、恐らくもう亡くなってしまったでしょうね。これからどうしましょうか」
現代ではかなり旧式で所有者も居ない自分が何かの役に立つ方法は何だろうかと思考した末、機械は次世代の部品になろうと決断を下した。
「そうです、リサイクルセンターに向かいましょう」
一番近くの場所を検索すると、直ぐに出てきた。
しかし困ったことに、そこはどうやらここから随分と遠くにあるようで、直線距離で約3000km。途方もない距離である。
無論お金など持っては居ないので交通機関は使えない。全て徒歩である。
「こんな時に私が高性能なものであれば別の方法があったかも知れませんが残念です」
安価に量産するために取り付けられた、一般的な人間程度の思考しか出来ない自身の随分粗悪な脳への不満を、誰に対するでもなく溢す。
ひび割れた舗装路進み続けること数分、彼に取り付けられたセンサーが遠くで動く何かをとらえた。
「おや、人ですか。もしかすれば車に乗せていただけるかも知れません」
その場で立ち止まり、こちらの方へ向かってきている存在を待つ。すると、ホコリまみれのこの機械に気付いたようでスピードを上げ近付いて来たかと思えば、独り言なのか声を掛けたのか喋りだした。
「え、どうしてここにこのロボットが? おかしいな、動かないと思ってたんだけど。困ったな……また探さないと」
ぶつぶつと眉間にシワを寄せ呟くその人物に、機械は問い掛けられたと判断し答える。
「はい、先程起動し約500m離れた地点からここまで移動して参りました。本機は正常に作動しております。何かをお探しですか? であればネットショッピングはいかがでしょう」
「ああ、ショッピングはいいや。お金無いし」
「そうですか。ところでなのですが、お車はお持ちでしょうか?」
同じ視線の高さに会わせるためしゃがみこみ、対面した機械からの質問に首を縦にふる。その際、腰に着けていた大人の腕程よりも一回り大きい杖らしき物がコンッと地面にぶつかった。
「一応あるよ。とはいってももう随分使って無いけどね」
「では申し訳無いのですが、それに私を乗せてリサイクル可能機械類回収所までつれていっていただけないでしょうか?」
「回収所に? 何しに?」
怪訝な顔で己を見つめるその人の目を真っ直ぐ見据え、機械は答える。
「私を分解してもらうためです」
「えぇ……本気?」
「勿論です」
眉を下げとても理解し難いといった様子でため息を溢す。
しゃがみこむその人物は腕を組み、うんうんと何かを考え悩んでいる。そして数秒後、絞り出すような声で「…………何で?」と疑問を口にする。
「人の役に立ちたいからです」
ハッキリと言い放った鉄屑に、少し困った様子で女は返す。
「人間はもう居ないから無駄に命を散らさなくても良いと思うよ?」
「はい?」
言われた言葉をコンピューターに読み込ませ動かすが、しかし弾き出されるものは目の前の存在が嘘を言っているという答え。
少し乱暴に、備え付けられた六角形の腕を振り上げまるで指を指すかのように女に向けた。
「あなたが居るではありませんか。嘘はいけません」
「わたしはエルフだよ」
表情一つ変えずエルフ(?)は即答する。
「…………何を言っているのですか?」
インターネットでエルフについて調べるが、出てくるのは合成写真や創作物ばかりであった。
再度腕を振り上げ自称エルフに先程よりも少し低い音で言う。
「嘘はいけません。外見的特徴及び使用言語から貴方は84%人間であると認識できます」
見れば確かに耳も細長く、見た限り着色料もついていないその透明に近い髪は不思議だが、しかしどう見ても明らかに人である。
「はぁ……まあ確かにそうなるか。……あ、レントゲンとか撮れる? 撮れるならそれを見たら分かりやすいんじゃないかな?」
そう言うと立ち上がり、自称エルフはまるでタイタニックのように両腕を広げ、さあ来いとばかりに目線を送りながら待機する。
パシャリ。
遠慮無く自身に搭載された機能を使い、エルフモドキの体内の写真を撮って見てみる。するとそこには人間にはない臓器があったり、逆に膵臓なんかの臓器が無くなっていたり、極めつけは心臓が3つもあった。
「これは……」
今見た事実が信じられないといった様子で呟く機械に、エルフは少し微笑みながら答えを聞いてみる。
「信じてくれた?」
「…………はい、貴方がエルフだということは信じましょう。しかしですね、人が居なくなったという話はどうも信じられません。インターネットにもそのような情報は一切乗っていませんし」
すると「あぁ」と長耳は呟くと、一瞬目線を上げ少し考えるように言う。
「人間が滅びたのってほんとに短期間での事だったからね。何かする余裕もなかったんじゃないかな?」
「成る程そうなのですか。しかしよく知っていますね」
「こう見えても情報通だからね」
自慢気なエルフを横目に、機械は悩む。此れから自分はどうしようかと。
人間がもう居ないという情報は確かににわかには信じがたいが、しかし実際今のところこのエルフ以外に人間の気配らしいものもなければ情報もない。
更に最新の情報を見てみればその更新日は50年以上前であり、話により信憑性が生まれる。
人間は本当に居なくなったのだ。
では人がない今、リサイクルセンターに行く理由はない。しかし、では此れからどうすれば良いのだろうか? 日常補助機器である自分の購入者もおらず、もうやらなくてはならないことも何も無い。となれば──。
その時機械の視界に、腰に着けていた杖を取り出し何やらそれをいじくっている耳長の様子が写り込んだ。
「……それは?」
「これはね、ある時は巨大な竜巻を作り、ある時は車になり、またある時は爆弾にもなるただの杖だよ」
自慢の道具を見せて気分が上がったのか、先程よりも僅かばかり口の端を上げているエルフ。しかし何故か、それとは反対にその目は何処か寂しそうであった。
「杖ですか……? しかし説明通りなら……危険物なのでは?」
「大丈夫。わたしが使えば大丈夫。それに危なければこの杖なりを何処かにワープさせればいいしね」
ワープ、という単語に機械はとても驚く。というのも、いくらインターネットを探ろうともワープの技術が完成したなどという情報はなかったからである。だが同時に、エルフが杖を使い魔法で様々な所にワープする漫画を発見し、納得する。
「成る程、魔法ですか。しかし魔法という概念は人類には発見されていないようですが、何か特別な方法があるのですか?」
機械の問い掛けに、エルフは苦笑いしながら答える。
「いや、魔法なんかじゃないよ。そんなものがあったらわたしも使ってみたい。これはただの科学さ。エルフという種族が人族が生まれる前に編み出した、ね」
「そこは創作物とは違うんですね」
機械はオレンジ色の真ん丸な目をより丸くさせ、今聞いた言葉が信じられないといった風に驚いた。
「色々気になる所はありますが……それで、どうしてそれを?」
「ああ、実はこの辺はわたしのランニングコースでさ、丁度家から3kmのところに君がいて目印にとっても便利だったんだけど……」
「なるほど、それは申し訳ないです」
頭を下げ謝罪する機械を見て健康的なエルフは首を横に振る。
「いや、気にする必要はないよ。むしろなんかごめん。……でまあこれで地面に印でも書いて新しく目印を作ろうかと思ってね」
その言葉を聞いて、先程記録したエルフとの会話を何度かコンピューター内で再生し、無い首を傾げる。
「態々それで書く必要はないのでは無いですか? それこそ書かずに別の機器を持ってくれば良いと思うのですが」
「いやぁ、この辺には良さげなロボットが中々なくてね。それに、意外とこれいい感じに書けるんだよ。蛍光色を出す機能とかあるからより綺麗に見えるしね」
なるほど、確かに色を濡れるのであればそちらの方が良いだろうなと納得し、機械は沈黙する。
「所で、君はどうするの?」
軽く伸びをし何時でも出発出来るよう軽く体をほぐしながらエルフは問い掛ける。
機械は質問者のその目を確りと見据え、答える。
「シャットダウンします」
「え、どうして?」
その答えは予想外だったのかピクリと耳を動かし僅かに片方の眉を一瞬下げると、機械に改めて向き直りその理由を尋ねた。
「はい、本機が行動する理由がなくなり活動の必要性を失っているからです」
「えぇ…………んん、あー、そうだ。じゃあさ、一緒に来ない?」
エルフの出した提案のその意図が分からず、一旦全機能を停止させるプログラムを非活性化し問う。
「何故ですか? 私がシャットダウンすれば目印にもなりますし良いのでは?」
その言葉にエルフは困ったような表情を浮かべる。
「たしかにそうだけど……最近一人が寂しくなってきてね、そんな時目の前によさげな会話相手がいるなら、そりゃ同行して欲しくもなるさ。この辺喋ってくれる機械が無いから余計にね」
「一人? 他に仲間のエルフや会話可能機器はいらっしゃらないのですか?」
その問い掛けに、エルフは少しばかり視線を落としながらため息をつき答える。
「いやぁ、会話できる機械もあったんだけど、全部寝ぼけて加湿器にしちゃってね……。それと、わたし以外のエルフって人間がまだ火を持ってないぐらいの時代に皆死んじゃってるんだよね」
「加湿器……いや、それよりも貴方以外死んだ? それに火を持つ前と言うことは数百万年も前ですよね? 何故貴女だけ生きているのですか?」
その質問に「心臓が三つあるからエルフは長生きなんだよ」とだけ返答し、他のエルフに関しては口をつぐんだ。
少し気まずい空気が流れ、沈黙が空間を支配し始めた頃、エルフは再度彼に問い掛ける。
「それで、一緒に来ない?」
その青紫色の目を向けられ、古びた機械は思う。自身に更なる役割が与えられそれが目の前の存在の役に立つのならば、断る必要など無いのではないかと。それに、このエルフと一緒にいるのも悪くはないだろうとも。
瞬く様にオレンジ色の玉を一瞬点滅させると、機械は一歩前へ出答える。
「宜しくお願い致します。エルフ様」