麦色のワンピース
ちょっと感謝
海。僕は昔、悲しいことがあると、海へと行き、そこらの文字の消えた砂浜や、海藻の残る海辺や寄せては返る波打ち際を、物思いにふけりながら、見ていたものだ。
英雄には、時折、悲しいことがあるのだろう。強い男になろうとすると、挫折と悲しみ後悔と苦しみが胸に押し寄せてくるのだろう。
ある日、僕は海で、昔の良かったことや、悪かったことを思い出しては、こっそり心でに涙を流していた。
人には誰しも思い出がある。その思い出に引きずられ、人は生きるし、思い出にこそ人の秘密がある。
波は押し寄せては、砕け、何度も何度も、同じことを繰り返す。そんなとき、ふと彼女の声がする。
『また?』
僕は慣れている。こんな声に慣れている。
『うん、まただ』
そう返す。僕は、彼女のことをまったく知らない。時折、僕は彼女と話す。いつも核心のないあいまいな、どうでもいい話が続いていく。
『どうしてあなたは・・・・・あの時・・・・』そう声が話す。僕は少し怯える。
『どうしてあなたは、あの時、私を振ったの?』そう声がする。
「・・・・・・・」僕は何も答えない。人間は秘密を持つものだ。ことに僕の家のせいで僕は秘密を持つ。秘密は人を魅力的にすると言うが、女は必ず誰しも秘密を持つ。
少し話が途絶えた・・・・・僕はそろそろ帰ろうとする。僕の勘的にそろそろ帰った方がいいと思ったのだ。
『わたしはね、時々、あなたのことがわからなくなる。なぜあなたはああ行動するのか、なぜあなたは私のことを・・・・』
『もういい』そう言い僕は重い腰を上げた。
「おーい」そう今度は現実の声がする。
「はい」
「おーい、君今日はそんなところに居ちゃだめだよお。今夜はおおしけになるから、海に近づいちゃだめだよお」そう声がする方を見ると、麦色のワンピースを着て、つばの付いた帽子を被ったきれいな人が居た。
「そうですか」
「うん、そう、あなた、名前は?」
「R・・・・・」
「そう。わたしの想い人ではないのね」
「想い人?」
「そう、歌の上手い人だった。わたしはずっと探しているの・・・・」
「・・・・・そう見つかるといいですね」
「あなたの・・・・・目」
「はい?」
「眼だけは少し似てるわ」
「失礼します」
「わたしに惚れちゃだめだぞお」
僕は少し赤面した。その人の目は、とび色の美しい目だった。僕はなにか、なつかしさを感じた。
日は移ろう・・・・・・あの日見ていた瞳もいつか、また見つめあうのだろう・・・・時代が過ぎ、季節は移ろい、栄える者は、衰え、衰える者も再び栄える・・・・
『あなたは今・・・・何をしているのだろう?』そんな声を無視して僕は家路に着く。家では父が待っている。けれども僕はただ、自分を信じて、この道を歩むだけだ。
上手くなりたいね。