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水村山郭




「いんやー、と・お・かったのお!

紅蓮、お主何回倒れた?」


「十二回です」


「数えて覚える余裕があるならその分歩けたわけ」


「……」


不平不満、というわけではなかったし、まあその通りだとは思ったが、聞いておいて答えたら叱責される。それは理不尽に思えた。


そんな、話をしながら彼らが辿り着いたのは一つの寒村。まあ、絵に描いたような古びた、閑散とした村。誰かがここに辿り着いたとしたら、きっとよほど困窮極まってなければ素通りするような場だった。


そう、にしても人が少ない。

不自然だ。人が居ないとしても、日々の営みがある以上は老人が畑や家側、川にいるはずであるのにそういった姿が無いのだ。



「む、第一村人発見じゃの。話してみるか」


「いえ、あれは…」



びちゃ、ぴちゃ。そうした音がなるのはつまり、人の大きさの、流体動物の動きに伴うもの。だがそれは確かに人であり、だからこそ人以外のものしか出せない音を出しているそれは、異常だった。


正気の無い目。否、生気そのものがない。故に、中途までそれがこちらを襲っていることにも認識できなかった。


「むんっ」


当て身をする。手心を含めたそれで、腹部を打つ。だが気を失わない。止まらず、肉体反応でえずきながら、それでもこちらににじり寄ってくる。痛みは無いようだ。もう何度か、加減をして叩く。だがそれでも気は失わない。それこそ脊椎も、知性も無い生き物のように。



「明らかに様子がおかしい。

何かの病気か…?」


「ふん、まずいな」



ちらりと、眺めてから猫が人のように顔を歪め、舌打ちをする。

そうだ、人がいないのではない。人は、人ならざるとなって集まっていたのだ。一つになるべく。一つの体になろうとすべく。それを、人以外として認知できなかったのは、紅蓮の落ち度だった。


「今の音に釣られて、集まってくるぞ」



ずるずる、と蛞蝓が集まるような音。

腕も脚も使わずに、身体を這わせて音のした方向に彷徨い、寄ってくるそのなめくじじめた、人間たち。たくさんあって、一つになろうと重なって、そこに一つある。それが紅蓮たちに向かうのは、果たしてその質量の一つにしようとしてか。



「ふむ。こやつらも別に殺してしまえば良い、なんて思うが。お主はそうしたくはないのだろう?」


「……はい。

まだ彼らは、人であるかもしれません」


「ならばそれを尊重しよう。だが、どうする?」


「逃げます」


「かか、即断即行。良いな!」



肩に飛び乗った瞬間、紅蓮は駆け出した。

それを追うその軟体たち。


こおん。

紅蓮は目を瞑り、瞬間に感覚を研ぎ澄ませる。

音が聞こえる。見える。

借り物の力、感応の力による発見。



「おおい…!こっちだ…!」


顰めた、声。

罠であることを疑わず、迷わずそちらに。

民家の中に転がり込んで、背後を見る。ここには入ってこれないのか、もしくは紅蓮たちを見失ったのかはわからないが、少なくとも先までの軟体たちはいなかった。



「よかった、間に合ったか。あいつらはどうにも塩が苦手みたいでな、塩売りを生業にしてた奴の家がなんとか安全なんだ」


「…なるほど。感謝します」


そうして、先に声を出した男を見る。くたびれた服を着、どっすりと座る姿は痩せこけていた。その男にも生気はまるで感じなかったが、しかし少なくとも、先までの者たちとは異なる知性を感じる。



「ああ、畏まらなくていい。俺は蜃というものだ。ここ出身の者で、最近になってここに帰郷したのだが…見ての通りここはおかしくなってる。あんた、用が無いならさっさと出て行ったほうがいい」



シンを名乗る男はそう、紅蓮に話しかける。

出ていく、という言葉に首を横に振り。

そして肩に乗ったままの銀猫がため息をつく。



「っちゅう訳にもいかんのよなぁ、妾たちも」


「ッ!?うわあ!猫が喋った!」


ぎょっとした反応。

むしろそれにこそ紅蓮は驚いたように目を剥いた。羅倶叉もまた、少し驚いてはいたがそれは声の大きさというよりは、また別のことに。



「ほう、珍しい!

こいつ妾の声が聞こえてるな」


「聞こえ…?」


「ああ。今の妾の声は基本お前のような混じり物や、それこそあの冶魔のようなものにしか聞こえないだろうが、稀にそういった人外に触れる才があったり幽界に足を浸した者が聞こえる事になるだろうよ。どちらにせよ珍しいことだ」


「…」


「む、どうした」


「いえ…私以外に師匠の声が聞こえてなかったのですね。どおりで時たま怪訝な目を向けられていたのだと…」


「かかか、気づいてなかったか!悪い悪い!

お前は変なとこでにぶいの!」



と、ある程度話をして。

その上で蜃と、紅蓮たちの状況を最低限わかり合った。

紅蓮たちは『不死を産む水』という噂の真偽を確かめにきており、それを確かめるまではここを出るわけには行かないのだということ。


それを聞き、シンは頭を抱える。

しばらくそうしてから、また話し始めた。


「なるほどな。あんたらにも目的があるわけだ。それならばしかし、それは俺にとっても…」



迷うように、そうして話を続けていく。

脳から絞り出すかのように。


「……なあ、あんたら。協力してほしい、だとかは言わない。あんたらはあんたらの目的がある。それを邪魔するつもりもない。だが…」


「だが、道案内が出来る者がいたら、楽じゃあないか?守ってほしいとかは言わない。万が一があったら切り捨てても構わない。だが、なんだ。きっと俺一人じゃどうしようもないからな。俺をあんたらの後ろについて行かせては、くれねえか」



絞りきった、果実のように。

それ以降は枯れたように何も言わない。

だがずいと頭を下げる姿に、紅蓮は感じ入った。



「だ、そうよ。どうする?紅蓮」


「…目的を達成できるのならば、己は何でも良い。だから、それをするのについてくるだけならば、いい。地理について詳しい貴方が共にいてくれるならむしろ、こちらも助かる」


「そうか、感謝するよ紅蓮さん」


「ええ。こちらこそ頼む、蜃」


「うむ。まあ、そう言うだろうな。

ということでちっとばかし宜しくの、シンとやら」


「あ、ああ…

…我儘ついでに、その、少し撫でてもいいか」


「却下」


そうして、即席の同盟が組まれて、その小屋を出ようとする。あの、じめじめとした化け物たちは何なのかは蜃も知らないようだが、しかしただ、塩にだけ弱いということのみが分かっているようだ。


ほっと、息を吐く。近くにあれはいない。



「だが派手な音を立てればまた寄ってくるだろうな。それまでに見つけねばならんが…目星はついておるのか?蜃よ」


「ああ、猫どの。不死の水だとかどうとかは知らないが、この村は本当に辺鄙なものでな…その噂の出所になるくらいに、水を貯めれる場所といえばきっとあの貯水池しかないはずだ」


「ふむ。ならば、そこに参ろうか」



……明らかに、数の少ない人。

そして点在するぐちぐちと音を立てる魔物じみた存在。そしてまた、不死を生む水という文言と、その噂の元となった村。きっとその三人、否、二人と一匹にはほぼ、事のあらましが分かってはいた。

だが確定こそはしていなかったし、それを言うことに何一つの利は無い。故にそれについての言及はなく、ただ目的地に向かう。



「……何も、無いか」


「く、おかしいな。俺の知る限りではここくらいのはずなのだが…いや、確かに十年も空けていた村だ、俺がいない間に何か作られててもおかしくはないか。すまない、紅蓮さんよ」


「いいや、でかしたぞシンよ。見つけたぞ。出所と、作られている所がな」



猫がそう舌なめずりをした。

そうしてにしゃりと笑う。嘲るように、歪める。


「ああ、やはり。作られているな。人の出入りした跡が散々に残っている。匂いがぷんぷんと残っているぞ、下衆どものな」


目で指示をされて、紅蓮がさん、と脚部を振るう。そうして斬撃じみた蹴りを受けた貯水池の底が抜けて、そこには隠された地下への入り口が残っていた。そこに、息を呑んで潜り込んでいく。



「ぐっ…生臭い…」


「げえ、ひっどいにおいじゃ。

妾はちょっと外に出てよう」


そう、勝手気ままに猫だけが地下室の外に行ってしまう。故に残った男二人がその光景を目の当たりにすることになる。地下室の光景はつまり、くだを流れる水と、注射器と分娩台じみた台が、血まみれのそれが置かれている状況下のこと。


全ては後の祭りと云うべきか、その場には生体の反応は何一つない。つまりは、ここでやるべきことはもうなくて、だからこそ扉で厳重に蓋をされていたのだろう。ただ残香と、驟雨の後の水たまりのようにわずかな、その『水』が残っていた。



「……これは、ひどい有様だ。

己たちが見つけたいのはしかし、これだ」


「…紅蓮さん。これがあんたの求めてたものか。ならばもう、去ったほうがいい。これは答え合わせさ。ここで起きたことはすごく、胸糞の悪いことだ。俺の心残りのことはいいから、早く…」



不死の水。

ほんの少し残ったそれを手で掬う。

紅蓮には蜃の声は聞こえてなかった。

代わりに耳に響いていたのは、つい先の師の声。


一瞬、地下室から出る、という時。

彼にしか聞こえない声でらくしゃはこう囁いた。

すれ違い様に、ちりんと鈴の音と共に。



『紅蓮。あれを、飲め』


『は』


理由は問わなかった。

ただ、師が言うならば意味があると信じた。

掬い上げて、そうして口に含む。

だから迷わずに、飲んだ。嚥下をした。



「ッ!な、なにをしてるんだ、あんたっ!」



ごぐり。

喉が、鳴った。

狼狽したシンがただ、慌てて紅蓮の背を叩くが、もはやそれは飲み込まれてしまったものだ。そしてその意味ももう、ない。



「……ぐっ!

が、ああああああ……ッ」


身体が焼け付くような痛み。だがそれは、『紅蓮』を失くすような痛みでは無い。彼はただ眼を開いて、悲鳴を押し殺して前を見る。


その朱色となった瞳に。

ぎん、と違う光が宿っていた。



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