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 手を引かれ下町を駆け抜けること数十分。

 急に視界が開け、王都が顔を覗かせた。

 石畳の広場の一角で、堅牢な噴水にもたれながら、目の前の呼吸一つ乱していない彼を睨む。

「いったい……どんな、手品使ったの?」

 


 リカルドは眉をハの字にして微笑み、先ほど娼館の主と客を一瞬で片づけた白い手袋に包まれた右手を振る。

「いやだな、正道を説いただけですよ。約束を守るのは人として当然じゃないですか」

 大仰に息を吐くと、大分落ち着いてきた。

 そんな非力な正道がやつらに通じるとは思えないのだが。

 解せずに首を傾げていると、雪のような手袋が目に飛び込んできた。

「では、行きましょうか」

「行くって、どこへ?」

「言ったでしょう」



 その手はそのまま彼の右胸に添えられ。

 おとぎ話の騎士のように、リカルドはかしづいた。

「外へ出たい時はお声がけいただきたいと」

 にこりと実に品のいい笑みを添えて。

「街歩きにはまずはファッション、ですかね」

「……」



 なんとなく気づまりでそっぽを向くと、目に入るスカート。

 縞模様の上に重ねたチェリー柄は、今朝はそれなりに思えたのに。

 都心を行く人々の華やぎを前にするとちぐはぐ以外の何物でもない。

「持っているもので精いっぱいに着飾るきみは魅力的だけど」

 笑みを深め、リカルドは言葉を落としていく。

「ふさわしいものがふさわしい人の周りに常にあるとはかぎらない」

 干ばつ後の恵みの雨のようにたしかに、落ち着いた口調とエスコートで。

 マカライトグリーンの扉のブティックの中へ、彼はパエリエを誘った。



「さぁ、どれでも好きなものを選んでください。遠慮はいりませんよ」

 どこまでも穏やかな目の中、鋭い光がちらつく。

「いずれは、必要になるものなのだから」

「あたし、あんたの専属になった覚えないけど。ついでに見受けされるつもりも」

 きょとんと眼をしばたたき、リカルドはくすくす笑う。

「そう全身を逆立てなくても、子猫さん。そうなるまでには相応の時間をかけますので」



 やっぱり結局そのつもりじゃないのか。

 そうつっこみつつも、初めて目にするブティックには目を奪われてしまう。

 ローズレッドの華やかなパーティードレス、パールヴァイオレットやベビーピンクのフェミニンなドレス。

 どれもこれも手にとって眺めていたくなる出来栄えだ。



「そう。——きみが自らこの胸に飛び込んできたくなるくらいにはね」

 サシャの揺れる音を背景にした囁き声とともに鏡の前に誘われ、一着をあてがわれる。

 オレンジ色のサテンのドレスだった。

 黄昏時、陽が海に形作るサンロードのようなワンショルダーのバーミリオン。

 右肩のリボンと左腰に散らした繊細な銀細工模様。

 左の腰から足元にかけて大きく波打つ縦フリル。

 見たことのない高貴な女性がそこにいた。

 ドレスをあてがっている背後から、思った通り、と満足げな声がする。



「オレンジペコの瞳を引き立てる色。圧倒的な強さの中の愛らしさ。——これが、あなただ」

 眩い光に、酔いそうになる――。

「おっと、疲れたかい?」

 気付くと、肩を支えられていた。

「広場のベンチで休んでいてくれるかい。飲み物を買ってこよう」


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