⑫
時刻は本日の午前に戻る。
アッセンブル城執務室で、リカルドは側近のエルネストと今後の動きについて検討を重ねていた。
「なかなかに好評なようですよ。例の記事」
豪奢なテーブルでリカルドの脇に控え、エルネストは柔らかに微笑む。
「人々の王室に対する世論は翻りつつあるようです」
「ふむ、当然の結果と言えるね」
リカルドもまた、平生通りだった。
「しかし、とうとう公にラブレターを公表するとは」
側近の微苦笑にも、笑顔で応じる。
「取っておいた切り札は使わなくてはね。——まったく、手を焼かせてくれる。極刑を用意しなくては」
「強気なあしらわれように落ち込まれているのはわかりますが、許して差し上げては。パエリエ様なりに、王宮のことを考えられ、心を痛められたのでしょう」
「おや? なにを勘違いしているのかな。極刑というのは、彼女を苦しめた、スキャンダルを流した連中にだよ」
リカルドはそう言うと、顎の下で組んだ両手をごきっと打ち鳴らす。
「敵の正体に目星はついている。相手方の汚れた手のひらを容赦なく白日の下にさらすつもりだ」
「敵の援護者及びその周辺の非難は免れません。リスクを伴う手ですが」
「あぁ。だがもう手を緩めてはいられまい。とうとう彼らは完全に、僕を怒らせてしまったようだ」
「笑顔で言わないでください。怖いです」
皇太子のどこか黒い微笑が、運命の戸を叩いたのか。
あるいは運命のほうが引き寄せられてやってきたのか。
図ったようなタイミングで、執務室の扉がノックされた。
侍女頭が取り急ぎ、進言したいことがあると言う。
許可すると、狼狽えた様子の彼女は手を組み合わせ、礼もそこそこにリカルドに告げた。
「殿下。パエリエさまがお部屋にも、どこにもいらっしゃらないのです」
がたんと音を立てて、リカルドは席を立ちあがる。
「それはほんとうかい」
「宮廷内を捜索しましたが、見つかっておらず。側仕えのコリンヌとともに、行方が分からなくて」
小刻みに全身が震えるのを感じる。
彼の介抱を部下に命じ、直後、リカルドは叫ぶ。
「緊急事態だ。パエリエとコリンヌは連れ去られた可能性が高い。早急に捜索、救出に向かう! あらゆる人員、馬車を動員して近辺をくまなく捜索するんだ。事は一国の猶予もままならない!」
勅令後、了承の敬礼をし散り散りに去っていく部下たちをしり目に馬車に乗り込みながら、リカルドは呟く。
「パエリエ。……必ず助ける。だからどうか」
それまで、無事でいてくれと。