⑪
夕暮れ時に染まる空。
泣き疲れ、居酒屋をふらりと出た彼女を呼び止める声があった。
「お帰り、パエリエ」
足を止め、パエリエは男をまじまじと見る。
「ようやくわかったようだな、お前の居場所はここなんだよ」
いやになるほど見た、濡れ羽色の瞳。
「シェンデルフェール……」
「もう戦いは終わった。私と来なさい」
「……あたし」
差し出された手を取ろうとして、惑う。
白くなめらかな手が何事か訴えるように見える。
彼が、大事にしてくれたから。
パエリエはかつての主に、向きなおる。
「行かない。あなたとは」
シェンデルフェールは口元を歪め、笑う。
「まだクズのようなプライドを纏っているのか。では」
漆黒の闇が目の前に広がりなにかと思えば。
「これでも、そう言えるかな」
シェンデルフェールが退き、部下らしい男が現れたのだった。
男に抱えられた、ぐったりと青ざめた小さな身体を見て、パエリエはさっと青ざめた。
「コリンヌ!」
きっと、パエリエは彼らを睨む。
「その手を放しなさい!」
その一声で、かろうじて意識を取り戻したのか、現行犯の手からどうにか口を出し、コリンヌは叫ぶ。
「パエリエさま……だ、めっ。逃げてくださいっ。……こいつらの真の狙いはきっと――」
うっと声がして、コリンヌが静かになる。
腹を突かれて気を失ったのだ。
ぷつん、と、パエリエの中でなにかが切れる。
靴を脱ぐと、勢いをつけて男に投げる。
それは顔面に命中し、その隙にとびかかろうと構えた。
コリンヌを助けなくては――。
その時。
がんと頭に衝撃を受ける。
背後を捕らえられ、動きを封じられた。
「たわいないわ。如才ないお前でも、所詮は女。背後が完全に隙だらけだった――連れていけ」
勝ち誇ったシェンデルフェールの笑みを見たのを最後に、パエリエの意識は暗黒に覆われた。