⑥
「あたしがほしいなら、相応の地位と待遇を用意なさい。少なくとも正妻以上のね」
心中で、厳かに囁く。
そして、相応の愛と。
「それができない男なんかこっちから願い下げよ」
王妃候補に相応しい威厳を持って、ぶしつけな男に歩み寄り、対峙する。
「——あたしをみくびるな」
脳内で、誰かの声が高らかに鳴っている。
――心の中できみがきみにつける値札は今やマイナス値だ。今まで関わった人たちのおかげでね。
――でもね。
――きみがつける心の値段の前に僕は一枚ごと、札束を重ねていく。
――いつしかそれは億を超える。
「この女っ」
表情を歪めたシェンデルフェールはパエリエにとびかかり、
「下手に出れば図に乗りおって。思い知らせてやらねばならんようだな――!」
その動きを封じ殴ろうとするが、逆に自身の動きを封じられてしまう。
「そこまでですよ、シェンデルフェール卿」
城内でも皇太子のみに許された、純白の燕尾服の正装。
リカルドが怜悧な瞳でその腕をねじ伏せていた。
「——殿下」
一瞬顔をしかめたが、猛々しくも、シェンデルフェールは主張する。
「殿下、お聴きください。彼女は皇太子妃などに相応しくないっ。無礼を働く卑しい女ですぞ」
だがそんなものでリカルドの表情を動かせるはずもなかった。
「さて。その女性を誘惑していたのはどなたでしたか」
「うぬっ」
ねじ伏せていた腕を外側にひねりながら、彼は続ける。
「皇太子の婚約者に言い寄るなど。不敬罪で死罪でしょうか?」
「ま、まさか」
大粒の汗を流し、シェンデルフェールはなおも言い募る。
「そんなことをすればせっかくの寛容な皇太子の評判が――」
「残念ながら、そんな評判惜しさよりずっと、この激情のほうが抑えがたくてですね」
薄く微笑み、皇太子は言う。
「彼女からだけでなく僕からもはっきりお伝えしておいたほうがよさそうだ」
その瞬間、耐えずその顔を覆っていた穏やかな笑みが消え失せる。
「今時分をもって、この女性を所有物とみなす者は全て、王宮を退散願いたい」
リカルドはねじったシェンデルフェールの腕をその背中に容赦なく押し付けた。
「二度と僕の婚約者に近づかないと、約束するんだ」
ぞっとするほど低い声に呻くシェンデルフェール。
人々が見ていたら普段とあまりにかけはなれた恐ろしさに卒倒するかもしれない。
パエリエとてただただ目を見開くばかりだ。
にっこりと笑って、最後にリカルドは不届き者に囁いた。
「あなたが思っている以上に、僕は今怒っているのですよ」