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 ぼんやりと、かつての自分の無知を想う。

 娼館の主だったこの男が、旧王族だったとは。

 彼はかつての王権を、リカルドの父グザヴィエに奪われたと言う。

 数々の醜聞を暴かれて。

 娼館を経営し、劣悪な環境で女性たちを働かせていたこともその一つ。



 そういえばかつて、いずれ愛人にしてやると囁かれたこともあった。

 以前の自分は思っていた。

 そうなれば一応生活は安泰する。

 最低な男だけど。

 この男のものになるのかな、と。



「お前の疑念は正しい。ここは本来お前がいるところではない」

 じとりと身を寄せ、唇を近づけて、男は囁く。

「私のものになれ。パエリエ。ここよりも好待遇を約束しよう」

「……」

 無意識に片手を振り上げると、その手をシェンデルフェールに捕まれる。

 いまいましげに彼女の白い手を見るその目は濁っていた。

「かつては私の手の届くところにいた、卑しい身分だったくせに。皇太子妃だと? 許しがたい侮辱だ」

 振り払うのを諦めた手が、男の手とともに落ちていく。

 この男は。

 自分の意のままにならないものは全て御身の侮辱なのだ。



「不慣れな宮廷で肩身の狭い思いもしているだろう。ここはお前のいる場所ではないのだ」

 ぐったりと落ちたパエリエの肩にシェンデルフェールが甘く囁く。

「こちらに来れば、勉学も見分も求めない。見返りなしで豪勢な食事と衣服に装飾品——悪い話ではないだろう」

 ふっと、口元から渇いた笑いが漏れる。

「お飾りの愛人ってわけ」

 ねっとりとした笑みが肯定を告げる。



 そう。

 似合わない奮闘などやめて。

 もとのさやに納まればいい。

 なにを恐れることはない。

 振り出しに戻るだけ。

 あたしは卑しい娼婦。

 長く長い吐息の末に、パエリエは顔を上げた。



「ばかにしないでよ」



 不意をついて、女の力で男の手を振り払うことに成功する。

「残念ね。地位ある男に目をかけて食べさせてもらえたらなんてスタンスはとうに捨てたの」

 思ってもみない言葉が口をついて出る。

 ぜったいに歯向かったことなどなかったこの男に。

 愛してもらえたら。

 あの人に、愛してもらえたら、そしたら。

 同僚の娼婦たちは絶えずそう言っていた。

 男たちの見栄や評価を愛という言葉で覆って。

 そんなものを求めるしかないのだと思っていた。

 自分も。

 ――でももう、今は。



 豪奢な絹のセンスを、身を庇うようにして構え、雄々しく彼女は宣言する。


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