⑨
黄金の葉も赤くなり、幾分か散り落ちた。
空気が冷たく感じられる数日後、荷物をまとめたリカルドとパエリエはエルヴィルの宿を発つところであった。
アポリーヌは数日前を境に少しずつ、食事を取るようになったということだ。
引き続いての治療を信頼できる医師に任せてきた。
村長を始めとする人々に感謝され馬車に乗り込む直前、二人にぼそっと餞の言葉を吐く若者がいた。
「ありがとな」
ロイクである。
ズボンのポケットに手をつっこんで、相変わらず不敬な仕草だが。
その表情は殊勝なものに変わっている。
「礼には及ばないよ。これは仕事だからね」
それに、とリカルドは微笑む。
「この事例をもとに、病の報告書を国に上げさせてもらう。こう言ってはなんだがこちらも助けられたんだ」
頷き、ロイクはその身体をパエリエに向ける。
「アポリの。あいつの、外側以外のいいとこに気付いてやってくれて、ありがとう」
思わず笑みが漏れる。
いいとこあるじゃないの。
「……その。あんただって」
若者はこんなことを付け加える。
「外見に収まらない魅力っての、あると思うけど」
ふふん、とパエリエは勝気に髪をはねのけた。
「ちょっとは女性にかけるべき言葉、わかってきたじゃない」
「ふん」
ロイクが手招きするので、馬車を離れて行ってみると、小声で、
「なぁ、あの変わった皇太子のこと、ほんとに好きなのかよ」
妙なことを囁かれる。
「あいつ、お前を金で買ったんじゃないの?」
息を吐きつつパエリエを空を仰ぐ。
「そうね。もしそうだったら、事はもっとかんたんだったんだけど」
「え?」
向きなおった顔は晴れやかな笑顔だった。
「そうじゃないから今、対応に絶賛困ってるとこ」
「ち、そうかよ」
だが青年はなに故か不満そうだ。俯き加減に呟く。
「……もうちょっと早く出会ってりゃ」
「え?」
「なんでもねー」
上げた青年の顔もまた、さっぱりとした笑い顔。
「とっとと王妃になれ、下女が」
最後まで不敬な台詞を吐いて、ロイクは去っていく。
馬車に戻ったパエリエを迎えたのは、重々しいリカルドの吐息だった。
「参ったなぁ……早くもライバル誕生か」
「なんのこと?」
「いや。こちらのことだ。そう。——きみはとっても魅力的な人だってことさ」
リカルドが手綱を振るうと、アッセンブルへ向けて、馬車が動き出す。
「あっという間にアポリーヌさんの心を開いてしまった」
「あれは」
パエリエは反射的に俯き、動いていくレンガの文様を見つめる。
そう。とっさに。
身体が動いてしまっただけ。
「この世には、きみにしかできないことがある。きっと、もっとね」
リカルドが囁くように言った時、朝日の高度が上がり、光が馬車の縁に反射してきらめいた。