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 石畳の街角に黄金色のイチョウの木がひしめいている。

 肌寒くなってきたこの日、リカルドはパエリエを伴い、隣国ブレスレイの街エルヴィスの伝染病の調査に訪れていた。

 シンプルなグレイのシャツの上から羽織った白衣。

 皇太子ではなく、今日は医師としての視察——王妃に命じられた件である。



 流行り病は深刻化していたが、取るべき処置は明白だった。

 まず病の根源である水質汚染の対策に作業員を派遣する。

 臨時の診療所の設立と、食料の援助。

 順を負って対策を立てさえすれば、改善は早いうちに見込めるだろう。

 ところが、神が任ずる仕事とはどこにあるのかわからぬもので、報告書を書き終えるために立ち寄った地方の居酒屋で、二人は任じられたもの以上の深刻な問題に立ち会うこととなる。



 高らかな笑い声が響く店内は活気を感じさせる。

 注文したコーヒーを見つめながら、リカルドはパエリエにこの街の状況を説明する。

 オレンジのカーテンがかかった明るい木の壁の隙間になにかよからぬものが見えるというように眉根を寄せて。

「どこの国もそうだが、地方では、首都に勇んで出ていく若者が多い。ここ――ブレスレイの最南端のエルヴィルは過疎化が激しい村だ」

「ということは、高齢者に向けた医療が急務というわけ」



 アイスティーを一口すすり、パエリエは身を乗り出す。

 彼の妻となるなら、裏の業務も支えられなくてはならない。医療・看護も目下勉強中だ。

 勇む彼女に微笑みを向け、リカルドはやんわりと首を振る。

「いや、実は違うんだ。そちらのほうは数年前から対策を始めていてね。診療所や保健所、相談窓口の設立がなされている。それとは別に、この街に残った若者たちのあいだに深刻な病が忍び寄っていると、僕は考えていて」

「若者?」

 パエリエが首を傾げた時、

「ご挨拶が遅れ、とんだご無礼を」



 正装した初老の男性がテーブルの前にやってきて一礼した。

「エルヴィスへようこそいらっしゃいました。アッセンブル皇太子殿下。婚約者様。わしが村長にございます」

「これはご丁寧に」

「我がエルヴィスでは芳醇な煮込みスープと羊肉が名産でして。よろしければご案内を――」

「ありがとう。しかしそれより」

 リカルドが立ち上がる。

「村長、座られた方がいいでしょう。こういった木製の椅子ではなくて、できれば柔らかく、負担が少ない材質のものに」

 村長は驚いた様子で目を見開き、直後首を振った。

「とんでもございません。殿下の前でそのような」

 さりげなく手を取って老人を支えながら、リカルドは微笑む。

「背骨に相当な負荷がかかった方の姿勢です。よろしければ、痛みと矯正に訊く薬を持参していますから」

「おお、殿下……」

 パエリエがカウンターで受け取ってきたクッションの上に腰を下ろしながら、吐息とともに村長は安楽の声を漏らす。

「こうしているだけで楽になるとは。巷に訊く殿下の医学知識はほんものだったのですな」

「ご無理はいけませんよ」

「なに。ただの働き過ぎですじゃ。原因はわかっております。わしのことより、この街にはびこる、不可解な病を――」

 パエリエの手により、椅子とクッションで造った簡易なベッドに横たえられながら、気がせくように老人は言う。

「若者たちを襲う、病を……お願いしたいのじゃ」

 リカルドはゆっくりと頷き、笑んでみせる。

「無論。そのつもりで参りました」

 村で慕われている老村長が隣国の皇太子に労わられている。

「殿下、もしや、わたくしめの父の病の原因などもおわかりではないですか」

「わたしの家でも、娘が数日前から高熱で伏せっておりまして」

 その様子を目にした人々は次々に、医学に詳しいという隣国の皇太子に相談事をとつめかけはじめた。

「これ、一度にはいかん。殿下が困ってしまうでの」

 そういさめる村長の顔にもかすかな笑みがある。

 周囲が和やかな笑顔に包まれ出したその時、ぴしゃりと水を打つように、若者の声は響いた。

「騙されんなよ。所詮頭のおかしな皇太子に、娼婦上がりの婚約者だ」


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