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 パエリエはじっと、部屋いっぱいほどある長机に置かれた参考書を睨んでいた。

 萌木色のドレス。レモン色のリボンでポニーテールに結い上げている。

 腕にはリカルドに早速送られた、指が出るタイプのクリーム色の手袋。

 南棟の大閲覧室。

 すなわち勉強部屋だ。



 政治に関してはまだまだ右も左もわからぬ無知蒙昧の身だが、頭をよぎるのは先日の宴で王妃に要求をすげなく振り払われた娘のこと。

 民のあのような実情を見せられては、勉学にも力が入るというものだ。

 それに。

 世襲制だった王権が革命を経て次第に実力のある貴族のものとなった事実を風刺画とともにわかりやすく描いた紙面に視線を落とす。

 一国の歴史を知っていくのは、興味深い。



「さて」

 リカルドの側近であり、教育係のエルネストが、参考書からこちらに視線を送る。

「ひととおり近代の概略を説明しました。これから事変ごとの詳細に入ります。なにかご質問はございますか」

 ウェーブがかったアッシュグレイの髪。アメジストの瞳をじっと見つめると、彼は戸惑ったように目を眇める。

「続きがあるんじゃない?」

 エルネストの表情が静止した。



 かまわずに、パエリエは人差し指で参考書のある一点を指す。 

 かすかに、白線で塗りつぶされた跡がある。

 最後のページの単語のようだ。

 書物を日にかざし、一つ一つ、かすかに浮き上がる文字をたぐっていくと。

「あじさい革命? これはなに?」

 口にした途端、真上から書物を取り上げられた。

 したり顔のエルエストが、参考書を戸棚に片しながらのたまう。

「まだパエリエ様には必要ない箇所ですので」

「ふぅん」



 パエリエは天上を見上げ、わざと甲高い声を出してみる。 

 自分とて革命の意味くらいわかる。

 ペンを弄びながら、いたずらを思いついた猫のように微笑む。



「王室にとって都合の悪い歴史はペンで塗りつぶすってわけ」

 皮肉気に見上げたのは、広間の中心。等しく知識の実の粒を万人に与える籠を持つ知性の女神アカデミアの像である。

 エルネストは吐息をついた。

「あなたのためですパエリエ嬢。その単語を口にすることは愚か、詮索することも慎まれることです」

 おもしろくない。

 パエリエはふっと前髪を息で吹く。

「どうせあたしは未来の王妃としちゃ出来損ないすぎる女よ。このあいだのお披露目だって酷いもんだわ」



 王妃さまにだって呆れられてしまったし、と、ついつい口をついた愚痴の欠片に、あろうことかリカルドの側近はふっと微笑んだ。

 眉を顰めると、笑いを収めつつ、言ってくる。

「いいえ。私見では首尾は悪くないかと」

「本気で言ってるの?」

 パエリエは思わず握った拳でテーブルを抑えてしまう。

 まただ。よろしくない仕草だと教わったばかりなのに。

 これまでの仕事柄、人の考えていることを読むのは得意だが、王宮の人々はどうも読めない。ウェーブの髪を持つ美貌のこの男もまた。

 パエリエは目の前にうずたかく積み上げられた書物の山を見つめる。

 目の前には罰として王妃オルタンシアから課された課題が積み重なっているというのに。



「ああ見えて王妃さまはあなたさまを気に入っておられます」

「おべっかはいいわ」



 むすっとむくれた頬に片手をあてついた肘をあわててテーブルから外した。

 そんな仕草を微笑ましそうに見つめた後、エスネストはなおも言う。

「いずれ、おわかりになりますよ」

 思いっきり不審げに眉を顰めてみせた時、驚くべき訪問者は現れた。

「勉強中すまないね」

 ロマンスグレイの頬髯と髪。

 人のよさそうな笑みを浮かべてはいても、この国の主の紋章がきらめく濃緑の盛装姿が醸し出す威厳は隠し切れない。

 国王グザヴィエの登場にパエリエはさすがに背筋を伸ばし、エルネストに倣って立ち上がり、学習したての最敬礼をどうにかこなす。



「よいのだよ。そのままで。少し、息子が選んだ人と話がしたくてね」

 床と睨めっこしたまま胸中で叫ぶ。

 ――来たわ。

 先日のお説教に違いない。

「狼狽えるのが王族にとって一番のタブーです、パエリエ様」

 横から囁いてくるエルネストに頷くのがやっとだ。

 どうにか上体を持ち上げると、彼は苦笑した。

「堂々となさいませ。骨は拾います」

 教育係を睨んでやりたくなるのをぐっとこらえ、パエリエは国王の呼び出しに粛々と従った。


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