②
アッセンブル王国の地方シャノワーヌの貧民街の一角。
いつもの通り道でパエリエはふと足を止めた。
まだ昼間だが平生なら客引きをしている時間帯。
後輩の娼婦が客に支払いをごねられていると聞いて、新入りの彼女では話をつけられないだろうと出向いてけりをつけきた帰りである。
目の前には大仰な屋根のわりに小さな扉。
娼館『マグダラ』。彼女のホームである。
隣には娼婦たちが寝泊まりする宿舎が隣接している。
扉の前に、くたびれた服装の年輩の女が煙草をふかしながらぎろりとこちらを向く。
口の中でパエリエは舌を打つ。悪い時にあたったものだ。
舎監兼働き手たちの監督役を言いつけられているらしく、彼女はことに若手の娼婦の同行に目を光らせていた。
「ローザがへまして報酬をもらい損ねたってね」
しぶしぶ足を止め、パエリエは頷く。
当然のように、出かけた目的も知られている。
物干し竿に両手とたるんだ顎を乗せ、女は鷲のような目を向けてくる。
「で、お前さんが尻拭いに行ったのかい。成功したんだろうね」
それ以外の返事は受け取らないと言いたげな彼女に、パエリエは頷いた。
「あの子、まだ仕事始めて一週間と経たないのよ。シェンデルフェールには言わないでやって」
娼館主の男の名を言い、一枚のコインをしわがれた手に握らせる。
ほんとうのところ、その出どころは昨晩のパエリエの稼ぎだが。
ほうっておくとこの女がちくちくと新人をいびるのことは経験上わかっている。
自分もこの仕事をするようになって日が浅い頃は先輩やこうしたお局にずいぶんいじめられたものだ。
素早くコインを受け取り、胸元にしまった舎監の女は、
「ちょいと、あんた。また汚い腕だね」
残念ながら、ショールから覗くパエリエの腕を見逃してはくれなかったようだ。
白く細い二本のそれには、そこここに赤い跡やひっかき傷がある。
「見る度酷くなる」
嫌悪を隠そうともせずに目の周りの皺を深くし、女は言った。
「手入れを怠ってると朽ちるまであっという間だよ。いくら今はお上さんのお気に入りだってさ」
パエリエは肩をすくめ、ホームの扉をくぐっていった。