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 夜の広場を囲むアーチ形の白石の奥には、様々な店舗が軒を連ねる。

 その中の一つ、営業を開始したばかりらしいバーの前にパエリエはいた。

 さきほどリカルドの背中が消えたのはこのあたりと記憶している。



 店の正面からぐるりと奥にカーブを描いている、バーのテーブル席も、テラス席も満員で、カウンター横のレジは長蛇の列。

 大分混雑している。見つけられそうにない。

 パエリエは腕を組み、長丁場を覚悟する。

 しかたない。店頭で待っていよう。

 店員の一人がメニューを持ってきてくれて、連れを待っているだけだからと断るも、では待ち時間に次回の来店時の参考にとにこやかに渡されてしまう。



 アルコールもあるらしい。

 見たことのない名前とイラストが連なっている。

 赤かぶとクリームソースのサラダ。アップルソースを添えた鴨のソテー。

 どんな味がするのだろう。

 価格を見ると必ずしも手が出ないものでもなさそうだ。

 思わず夢中になり、大きな体に押されて邪魔になっていたことを詫びようと見上げると、ひゅう、という口笛が飛んできた。



 着古したシャツにズボン。労働帰りといったところの二十代ほどの頑健な男が三人ほどこちらを見下ろしている。

「女。一人なら相手してもらおうか」

 そのうちの一人が卑しい笑みとともに送って寄越した言葉に、即座に応対する。

「今はオフなので」

 こういう時、ポーカーフェイスは必需品である。

 感情を出さずに淡々と。仕事とそれ以外はきっちりわけるほうだ。

「ん?」

 二人目の男が手入れされていない太い眉を上げる。

「よく見たらあんた、『マグダラ』の娼婦じゃないか」



 使いなれた言葉は逆に男たちにとって格好の情報を提供してしまったらしい。

 けっと、三人目が唾をパエリエの足元に吐きかける。

「下賤の女がえらぶりやがって」

 沸き起こる下卑た笑い。

「その気になりゃオレのモノでもしゃぶれんだろー」

 つい、嫌悪を顔に出した。その一瞬後。

「この女」

 店頭のそこここから悲鳴が上がった。

 最初に話しかけてきた男に前髪を掴まれ引きずられる。

 床に顔を押し付けられなすりつけられながら、パエリエは想像する。

 例のごとく、斜め上から自分を俯瞰する視線を。



 少しまずい。

 しくじったかも。

 大の男数人に力に訴えられたら。

 直後、気怠い大波が彼女を襲った。

 かすかな危機感は諦念の中にずぶずぶとうずもれていく。



 ――まぁ、いいか。



 逆切れと暴力なんて日常。

 危険を予知できなった自分のミスだ。

 いつの間にか男たちは興奮してきたらしく、床につけたこの頭を靴の底で撫でまわしている。

「ほら、くわえてみろよ。売れっ子の娼婦さんよ」

「できねぇなら、この床舐めてみろ。いつも男にしてるみてーによ」



 どうやらこの界隈では有名な柄の悪さの連中だったらしい。

 店の人々はみな息を止めどうすることもできずにこちらを見つめているのが空気でわかる。

 鼻先を頬をなぶられながら、淡々と待つ。



 だいじょうぶ。

 この手の男たちに必要なのは虚栄の満足。それだけ。

 黙ってさえいれば数分で収まる。

 おそらくだが。



「けっ。わかったか。お前ら汚らわしい娼婦は客にかしづいてりゃいいんだ」

「つんとすまして意見なんかすんじゃねー」

「立場をわきまえなきゃなぁ?」



 最後の男の言葉が、途切れた。

 男の身体が突き飛ばされ、カウンターにぶつかった衝撃で酒瓶がグラスが砕けちる音。

 次ぐ人々の悲鳴。

 男の手前で白い手袋に包まれた両手を払っているのは、燕尾服にクラヴァットの。



「——野郎!」



 次いでやってきた残りの二人もまた同じ運命をたどることになる。

 カウンターの右へ左へ、なぎ倒され、頭から血を流す彼らに、彼、リカルドは近づいていく。

 中心の男の顎をその指で上げ。

「一つ忠告しよう」

 柔らかだったエクリュの瞳は鉱石のように冷たく、堅い光を宿す。

「この場で誰が一番汚らわしいか。そんな明白なことぐらいわかる人間はこの国にも大勢いる」

 白い指を外すと、男が顎からがくりと頽れた。

「汚らわしい手で触れるな。お前らなど、彼女の足先にも値しない」


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