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「男なんかいくらでもいるわ」

 穢れたものに触れた手を清めるように左手を添え、体勢を整える。

「あの程度ならごろごろ。道端の石ころなみに」

 頬にかかった男の唾を、ついでに拭う。

「個人的にはヒールがすり減るだけの砂利つぶなんかあてにしないで、自分の足で歩くことを薦めるけれど」

 パエリエはそこで一旦言を止めた。

 すっかり驚嘆し、瞠目している小さな姿に目を眇める。



 たしかに、この年頃の少女には酷な出来事だろう。

 パエリエはふっと笑みを浮かべた。

「今日のところはすり減ったのがここだけでよかったってことにしましょ」

 男にぶたれた少女の頬にそっとハンカチーフをあてがった。

 青年はよろめきながら立ち上がるが、先程から事の成り行きを見ていたギャラリーの視線を浴びると、

「けっ。こんな乱暴な女ども、こっちから吐き捨ててやるよ!」

 すごすごと逃げていった。



 残されたのはぽかんと立ち尽くす少女だ。

 斜め下から伺い見るにその瞳は、まだ恋に揺れている。

 軽く息を吐いて、パエリエは首を振る。

 これだから。男女のいろはというのはとかく、面倒だ。

 そんなふうに思っていると少女はついに顔を覆い、嗚咽を零し出した。

「うっ。どうしよう。どうしたらいいのあたし」



 その肩に触れようとした手を、寸前で止める。

 泣いている人をなだめたりするのは柄じゃないのだが。

 どうしたものか。

 思案がどこかしらに行きつく前に、解決がやってきた。



「——バカ男と縁切れた途端、運命の出会いが待っているなんて」



「え?」

 妙な解決では、あったが。

 少女のほうが、がしっとパエリエの両手を握って来たのだった。

 その瞳には先程とは打って変わった並々ならぬ光の集結がある。

「すてき。お姉さま、すてきです! あの最低カレシからあたしをかっこよく救ってくれるなんて!」

「え、ええっと」

「一生忘れません。あの、よかったら……」



 しばし言いよどむと、少女はきりっと顔を上げる。

「あたしの師匠になってください!」

 そうだ、それがいいわと一人で興奮する彼女はなおもまくしたてる。

「お姉さま、かっこいいだけじゃなく、綺麗だしスタイルいいし、もしかして女優さんですか?」

 なかなかに圧が強い子らしい。

 微笑みながら、やんわりとたしなめる。

「ごめんなさいね。あなたみたいなお嬢さんに名乗れる女じゃないから」

 さらりと事実を述べて別れる。

 後ろで少女はなんか叫んでいるけれど、これで失望して諦めてくれたのだろう。



「な――に。なにあの台詞! 歌劇のヒーローみたい! やばい超しびれる~っ!」



 その内容はパエリエのあずかり知らぬところではあったが。

 そしてもう一つ。

 前方に見える店のガラス窓の向こう、レモネードを持った彼が呟いた言葉も。

「——やはりきみは、あの時のままだ」


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