第1章 シャノワーヌの娼婦 ①
恋物語は冒頭から進退これ極まりつつある。
ヒロインが男嫌いなのだ。
男嫌いという生易しいものどころか、男の下卑た欲望や横暴の数々を知り尽くし、時に利用すらする。
我がヒロインは娼婦なのである。
ところはアッセンブル王国。
都市部に聳える王宮の統治者は革命が起こる度目まぐるしく変わっていて、現在はグランメール王家の所有となっている。
時代の流れとともに貧富の差の是正が声高に叫ばれるようになってきていて、民衆の声を取り入れ産業や経済の発展を図ることに余念がないグランメール家の統治で平等化が進んでいるものの地方には未だ是正が行き届かない場所は溢れている。
経済面でも、ましてや意識の上ではなおさらである。
だがともかくも、物語のヒロイン、パエリエ・ローレンにいたってはそんなお国事情など意識の外であった。
汚らわしい売女とののしられることすらそうだ。
人生という物語の行間を味わうことより、とにかくページを繰って進んでいくこと。
明日生きることが彼女たちの目下の課題である。
路地裏を歩けば声を顰めて囁かれるようないただけない女だが、それでも彼女を目にした者は一瞬言葉を呑んだ。
どんな下卑たののしりややっかみをその後に用意していてもである。
鬼百合色の波打つ肩までの髪に、オレンジペコの大粒の瞳、反りを描くまつ毛。
冷めたような硬質な顔色は圧倒的な華やぎをなおさら引き立てるかに思えた。
美貌の若き娼婦の身に起こったほんのかすかな違和の香り。
まずはそこから始めることにしよう。
淡々と続くと思われる灰色のページが瞬時に白紙に帰し、次章から極彩色に転じる。
人生には案外こういうことがある。
例えばこんなふうに。