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4.報告書 II (2)

「どいてください、聖耶さん」

「どかない! 僕を撃てばいいじゃないか!」

「聖耶さん!」

「撃てよ! 島田さんに絞られて来いよ!」

「ええい、仕方ねえ!」

「セイヤ!」

 本気だ。急いでセイヤに駆け寄ろうとしたが何かに躓いた。前へ倒れこみながら叫んだ瞬間、セイヤがまた半身振り返り、世にも嬉しそうに笑った。その肩先を銃弾がかすめたのか、ばっと赤い飛沫が散る。あっ、と小さな悲鳴を上げたセイヤが回転して倒れ込むのを見た二人組は、鋭い舌打ちを残して一気に駆け去った。時期尚早と見たのか、あるいは周囲の人間が物音に気づいて集まりだしたせいかも知れない。

「おい、セイヤ!」

 抜けそうな腰を引きずり這ってセイヤの側に辿り着き、ぐったりとした相手を抱き起す。本当に少し掠っただけのようで、出血もそれほど多くない。それでも真っ青な顔をして薄眼を開けたセイヤは、俺を認めた途端ボロボロと涙を溢れさせた。

「無茶な奴だな、あれは拳銃って言ってすんごく危ないものなんだぞ!」

 うろたえたせいか、言わなくても誰でもわかる説教を始めてしまった。

「志郎兄さん…」

 ひくりとセイヤはしゃくり上げた。無事な方の左手で俺のセーターを掴み、ぎゅうっとにぎりしめる。顔を俺の胸に伏せ、しゃくりがながら俺を呼ぶ。

「志郎…兄…さぁ…ん…」

「にゃ」

「大丈夫だ、とにかく……にゃ?」

 とにかく衣服を寄せて傷口を押さえつけた俺は、唐突に聞こえた鳴き声に、ぎょっとして振り返る。いつの間にそこに居たのか、ルトがちょこんと隣に座っていた。

「お前、いつ来た?」

「にぃ」

 ルトは物言いたげに俺を見上げ、なぜかくるりと背中を向ける。

「何? 何か怒ってるのか? 一体何を…」

 言いかけて、ルトの背中の汚れに気づいた。まるで何かに擦られたような汚れだ、珍しい。そう言えば、さっき奇妙なところで足に何か引っかかった。おかげで二人組のタイミングもずれて大怪我をしなくて済んだと言えば済んだのだが。そう言えば、何に引っ掛かったのか?

「にゃあん」

 ルトが振り向く。目を細める。

「…あれ? ひょっとして、あれは……いつものように…お前か、な…?」

「にゃぁい」

 はぁい。そう聞こえる雰囲気で、ルトがなお目を細めて鳴いてみせる。

「は……ははっ……いや~……その……」

 うん、何か嫌な予感がするな。

「えーと…その、助かった、本当、いつもすまんな」

「にゃい」

「うん、本当にお礼のことばもないんだが…」

 ルトはひょいと腰を上げた。泣きじゃくっているセイヤを抱えた俺の前へ、ゆっくりと回ってくる。膝に足をかけ、尻尾をくねらせ、口を開ける。

「わかってるよ、代償を払えってんだろ、わかってる、わかってるが何も今でなくてもだな、お前は何か高利貸しか闇金か……ぎゃぴ!」

 がぶっと勢いよく指を咥えられて悲鳴を上げた俺の耳に、ようやくパトカーの音が聞こえて来た。


「そう…ですか」

 その日の夜、自室の椅子に座って膝の上のルトを撫でながら、一部始終を聞いた周一郎は、気の乗らない返事をした。

「雑魚、ですね」

 あっさりと一言で片付ける。

「セイヤを寄越したのはもう少し上の人間だと思うんですが、これからどう出るのか」

「だけど、どうして俺が…」

「この前のスペイン以来、あなたは僕の片腕と言うことになっていますからね。朝倉財閥の裏に滝志郎あり、と言う訳です」

「冗談はやめてくれ」

 俺は引きつった。そんな頭があるぐらいなら、レポートごときで二晩も徹夜するか。

「冗談じゃない……本当だから」

「え?」

「いえ」

 ぼそりと響いたことばをうまく聞き取れず、聞き直した俺に周一郎は少し首を振って目を上げた。最近一緒に居る時にはあまり掛けなくなっていたサングラスが、部屋の照明を硬質に跳ねる。

「それより、セイヤに付き添うそうですね」

「まあ…俺を庇ってくれたわけだし……」

「男は嫌いじゃなかったんですか?」

「あ、あのな」

 思わず周一郎を睨みつけた。もちろん、そんなことで堪えるような性格じゃない。

「今夜はさすがに迫ってこんさ。傷は浅かったけれど、ショックが大きかったみたいだし」

「でしょうね。島田と言うのは、セイヤの今の『愛人』ですから」

「へええ…」

 そうか……そいつの部下に裏切られたら、そりゃショックも受けるよな。

「明け方は冷えますから、ちゃんと毛布を用意しておいた方がいいですよ」

「あ、うん………そういや」

 立ち上がり掛けた俺は、ふと気付いて尋ねた。

「この前の時、何も掛けてなくて寒かったろ?」

「いえ、ちゃんと掛けものをかけてくれたでしょう? だから…あ」

「へ?」

 きょとんとして相手を見る。確かあの時、こいつは寝ていたはずだ、俺が叩いても起きなくて……なのに、どうしてそんなことを知ってるんだ?

「周一郎?」

「だから、その、起きてから、掛け物に気付いたんです」

「どうして俺が、って?」

「だから…もう、あなたはいなかったし…だから…」

「だから?」

 内容の筋は通っていたが、しどろもどろの口調に自分でも気付いたのだろう、頬を薄く染めて周一郎は唐突に言い放った。

「それでは、おやすみなさい」

「にゃん」

「え、あ、うん、おやすみ?」

 主人思いのルトもさっさとお休みを言い、俺は追われるように部屋を出た。


 パタン、とドアが閉まる音に、ベッドのセイヤはうっすらと目を開けた。セイヤに与えられた部屋もあるにはあったが、例によって2階で、とりあえずは俺の部屋に運び込まれたのだ。

「悪い…起こしたか?」

「ううん…」

「セイヤ?」

 苦しそうに首を振ったセイヤの目がみるみる潤んで大粒の涙を零し始め、ぎょっとする。

「どうした? どっか痛いのか? 苦しいのか?」

「志郎…兄さん……ここに居てくれるの?」

「ああ。居るから、安心して眠ってていいからな」

 額のタオルを替えてやる。怪我のための発熱だと医者は簡単に説明して帰ったが、紅潮した頬と寄せた眉は本当に苦しそうで、笑い転げていたセイヤを知っている俺には痛々しかった。

「僕…でも? 僕の……側でも?」

「怪我人はそーゆーことを気にするなって言うんだ」

 無意識に叱りつける口調になっていた。

「早く寝て、ちゃんと飯食って、きちんと治す。それからだ」

「志郎兄さん…」

 セイヤの涙はなかなか止まらない。

「僕…もうあんなこと……しないから………ねえ……だから……嫌わない…でよ…」

「セイヤ…」

「僕…そう、志郎兄さんに…呼ばれるの……好きだもの……ねえ……嫌わ…ないでよ……ねえ」

「…」

「ちゃんと…暮らす……だから……志郎兄さん…」

 ええい、くそ! どーせ俺は阿呆だ。間抜けだ。おっちょこちょいのお節介焼きで、学習効果の上がらない男だ。でも、怪我人が泣いてるのを放って置けるかってんだ。迫られるのはごめんだし、こいつが元気になれば、また避けるしか脳がないんだが、とにかく今はほっとけないんだ。笑うなら笑ってくれ。

「言っただろ」

 少しセイヤに笑いかける。

「怪我人は寝て食って治るのが仕事だって。ほら、寝ろよ」

 タオルを目の上にずらせる。乱れた髪を少々荒っぽく掻き上げてやり、ぽんぽんと頭を軽く叩く。

「な?」

「…うん」

 にこ、とセイヤは元気なく笑ったが、頷いて続けた。

「また、キャッチボール、しようよね?」

「ああ。元気になったらな」

「うん…」

 答えたセイヤの唇が緩んでいく。眠りと言う名の特効薬が効いてきたらしい。

 やがて聞こえ出した寝息に溜息をついて、俺は眠りと言う特効薬が使えない作業、つまりはレポート作りに取り掛かった。


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