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『指令T.A.K.I.』〜猫たちの時間12〜  作者: segakiyui


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7.指令書  I (Information)(2)

「…そう。で、セイヤは?」

「今、病院にいるよ」

 5日後、俺はお由宇の例の居間で、熱いコーヒーを啜っていた。

 レポートの方も、周一郎とお由宇の協力で何とか形になったし、セイヤはもう少しすれば退院できるということだったし、俺はすこぶる機嫌が良かった。

「もう少しで、薬が抜けるってさ」

「そう。良かったわね……梅崎達にとっても」

「は?」

「だってね、志郎」

 くすりとお由宇は笑った。

「セイヤがもし廃人にでもなってたら、あなた、あそこで大人しくしてた?」

「たぶん…してた……かな?」

 ぐったりしたセイヤの白い腕、泣きじゃくってしがみついてきた細い体、縋るように見ていた瞳が思い浮かぶ。放っとけなかった、痛々しくて。もし、あいつが廃人になっていたら……ふむ、阿呆な俺は今頃あいつらに食ってかかって、見事に大型ゴミ化、だな、うん。

「でしょ? 本当にお人好しなんだから。無条件であの子のために怒り狂ってるでしょ?」

「………」

「で、行き着く先は海底かドブ川ってところ」

 あ…あのな……。

「わかってるって」

「わかってないわよ」

「わかってる!」

「そう? じゃ、あなたがいない間、周一郎がどんなに焦っていたかも?」

「へ?」

「あなたを攫ったことで、周一郎がどれほどの代償を払わせたか、知ってる?」

「いや…」

「潰した会社3つ、合併したのが2つ、吸収したのが現在までで5つ。これって、かなり桁はずれなやり方よ?」

「…」

 いやそもそも、会社ってそんなに簡単に潰れたり吸収されたりするものなのか? しかも、そんなこと周一郎は一言も言わなかったぞ!

「あなたを『生かして』いたからこそ、周一郎も『手加減』して本社まで手を出さなかったんでしょうけど、これであなたが死にでもしていたら、どうなってたかしらね。本社が潰れた『ぐらい』で済んだかしらね」

 お由宇は楽しそうだった。本社を潰すのだって、ずいぶんなことだと思うが、それより上があるのだろうか。俺が腑に落ちない表情をしていたのだろう、お由宇はくすくす笑った。

「本当に、周一郎もあなたには甘いんだから……昔からは考えられないわね」

 その『昔』と言う奴に、恐らくはお由宇も相当派手なことをしていたらしいことは、セイヤの話から想像はつく。けれど、俺は不思議とそれについて尋ねようとは思わなかった。

「セイヤの見舞いもいいけれど、周一郎の側にも居てお上げなさい、志郎」

 お由宇は聖母じみた微笑を浮かべた。

「周一郎は、ここ数日、疲れ切っているはずだから」


 昼間は忙しいだろうと、夜遅めに周一郎の部屋を尋ねた。

「はい?」

 ノックの音に、部屋の中からすぐに周一郎の返答があった。

「どうぞ……滝さん」

「悪い、仕事中だったのか?」

「いえ」

 周一郎はソファから体を起こして首を振った。

「ちょうど一休みしていたところです」

「…らしいな」

 テーブルに並んだボトルとグラスを見る。珍しい。

「飲んでたのか?」

「…」

 周一郎は複雑な表情になり、少し肩を竦めて見せた。グラスの中には溶けた氷と琥珀色の液体が入っている。

「セイヤの方はどうでした?」

「ああ。おかげさまで、あと少しで退院できそうだ。退院したら、何かバイトを探してみると言っている……そっちの口も見つけてくれたんだってな、周一郎」

 隣に腰を下ろした俺を、周一郎は横目で見やり、低い声で応じた。

「滝さんにお礼を言われる筋合いはありません」

「そりゃそうだが…セイヤも退院したら挨拶に来るって言ってたぜ」

「挨拶など不要です………僕が勝手にしたことなんだから」

「周一郎?」

 なぜか相手の声がひどく沈み込んでいる気がして、覗き込んだ。

「どうした?」

「…僕のせいだと言ったら……どうします?」

「え?」

「セイヤがあんな目に合うかも知れないってことぐらい、僕がわからなかったはずはない………そう思わなかったんですか?」

 じっとグラスの氷を見つめる周一郎の横顔を凝視した。

「僕はそれを知っていながら、セイヤからガードを外していた」

「……そう、自分を責めるなよ」

 ぽん、と周一郎の頭を叩く。

「仕方ない時もあるさ。それに、ちゃんとセイヤは助かったんだし…」

「……僕は、羨ましかったんだ」

 するりとその手を外して、周一郎は俯いた。

「僕は何も出来ない……キャッチボールもしたことないし、あなたについて大学に行くことも出来ない」

「周一郎…」

「志郎兄さんって……呼びたかったのはセイヤじゃない…………僕なんだ」

 無意識なのだろう、周一郎は膝を引き上げ抱えて丸くなった。いつもの周一郎らしくない振る舞いに呆気にとられて、周一郎とテーブルの上のボトルを交互に見つめ、気づく。ボトルは半分以上空になっている。氷の溶け具合から見て、かなり長い間、時間が経っているに違いない。

 周一郎は、ひょっとして。

「…じゃあ、呼べばいいじゃないか、志郎兄さんって」

 ニヤついて来る口元を引き締めながら言う。疲れた上に、この状況、夢だと思っているのかも知れない。

 そう言えば、セイヤとキャッチボールをしている間、外でなくても読めた本を、周一郎は俺達が見えるところで読んでいた。からかうような『志郎兄さん』と言う呼びかけも、こいつにしてみれば、精一杯の甘えだったのかも知れない。

「でも……そう呼ぶと……滝さんは完全に僕の身内になって……今回みたいなことが、きっと何度も起こるでしょう……?」

 ぶるっと周一郎は小さく体を震わせ、ますます深く膝を抱え込んだ。

「そんなことは嫌だ」

 低い呟きが殺気を帯びる。

「そんなことになるぐらいなら、僕がいなくなった方がいい」

「周一郎…」

 相手の声の切なげな響きに、思わずもう一度、周一郎の頭を拳で軽くどつく。

「俺もバカだが、お前もかなりバカだな」

 ぼんやりした動きで周一郎が俺を見上げる。

「……?」

「俺が危険な目にあうのが嫌なんだろう?」

「うん…」

「同じぐらい、俺もお前が危険な目に合うのが嫌だってことが、わからないのか?」

「……え?」

 周一郎は瞬きして目を凝らした。

「あれ……滝さん…?」

「ああ」

「どうしてここに……?」

 ははっ、完全に飛んでるな。

「…ここは夢の中でな、お前は好きなことを喋っていいんだ」

 現実だとまた、周一郎は気持ちを封じるだろう。言いたいことも飲み込むだろう。

「安心していいぞ」

「…ほんと…?」

 これまた邪気なく、周一郎が問い直す。その目がひどく真っ直ぐで、思わず本気で頷いた。

「もちろんだ」

「じゃあ、僕……一度言いたかったことがあるんだ……」

 ぼんやり眠たげに、けれどもこの上なく嬉しそうに、周一郎が笑った。膝を伸ばし、こちらにもたれかかって目を閉じながら、

「肩を……貸して下さい……滝さん……」

 後は優しい、気持ち良さそうな寝息だけが続いた。

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