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5.指令書 K (Killng)(3)

「は?」

「だから。猫は鰹節が好きか、と訊いてるんだ」

 ま…あ、そりゃ、猫は好きだろうな、普通。

「ああ」

「どのくらい好きだろう」

 どのくらいって言われても……俺は猫じゃないんだが。

「鰹節ばかりは食わんだろう。主食もなきゃ」

「おお……朝倉家は情報だけでは動かない、と言うのか」

 目の前の3人が顔を見合わせた。

「ちょっと待ってくれ、滝君。もう2人ばかり、会わせたい相手がいる」

 島田がそそくさと立ち上がり、しばらくして中年の男2人、1人は赤ら顔の小太り、もう1人は骨と皮の幽霊のような男を連れて戻ってきた。

「梅崎さんに草木さん、名前ぐらいは知っているだろう。梅崎コンツェルンの社長と副社長だ」

 小太りの梅崎がまん丸っちい目で俺を見つめ、早速口を開いた。

「ところで、滝君。君は、猫には主食も必要、と言ったのかね?」

「ああ」

「どの国の主食だろう。アメリカかイギリスか? それとも……ドイツだろうか」

 ごくりと唾を飲んで俺の答えを期待する顔をそれぞれに見比べ、俺はこいつらはまともな頭をしているんだろうかと疑った。だが、ここでわけがわからないから話はできないと言ったら、セイヤがまた酷い目に合うのだろう。

 俺も真剣に考えてみる。

「ちょっと待てよ。その猫は日本生まれなのか? それとも外国生まれなのか? やっぱりさ、生まれたところによって主食は違うし、好みも変わってくるだろ」

「うむ、うむ」

 梅崎は大きく頷いて、草木に言った。

「確かにそうだ。実行力が伴ってこそ、朝倉家にとって意味のある情報になるのだし、その実行力は各々の市場によって異なって当然だ」

「で、では、滝君」

 草木は口角に泡を飛ばしながら尋ねた。

「その猫が日本生まれだとしたら…」

「じゃ、やっぱり白飯じゃないのかな。残り物で作る『猫まんま』がいいんじゃないのか、あれには鰹節も入ってるし」

「猫まんま!」

 梅崎が素っ頓狂な声を上げて、俺は危うく椅子からずり落ちるところだった。

「そうか! 草木! それだ、それだよ。使いようのない情報だと我々が捨てているものをこそ、朝倉財閥は別の情報を噛み合わせて、より有効な情報として活用できるに違いない。滝君!」

「な、何だ?」

「その猫に友人は多いだろうか?!」

 お、俺は猫じゃないっつーのに!

「知らねえ。いるとしても『友猫』だろ。人間には本気で相手をするかどうか…」

 ルトがいい例だ。

「ふうむ。情報交換の相手を厳選するという訳だな。それ以外には偽の情報を流しておく……それが朝倉家のガードシステムの基本か……」

 梅崎は一人で納得する。

「そして、情報には実行力、その情報に関する行動を必ず要求する。だから、朝倉家自体は消耗することがない。ふうむ」

「その猫は『友猫』の所へ行くのかね?」

 目を光らせて草木が尋ねる。

「俺は猫じゃない。そんな事は知らん」

「切れ者だな、滝君」

 草木はにんまりと、死神じみた皺の多い顔に笑みを浮かべた。

「肝腎のことになると、惚けるのが上手い。島田!」

「はい」

「あっ…」

 島田の合図で、大男がぐいっとセイヤの腕を捻り上げた。長椅子から腕一本で体を引きずり上げられたセイヤが呻いて眉をしかめる。だが、弱々しい懇願がセイヤの口から溢れた。

「だめ…だ……志郎…兄さん…僕のため……に……しゃべ…ないで…っ」

「聖耶!」

「あうっ」

 ぱちっと島田の指が鳴る。大男が腕に力を込める。声をあげてセイヤが仰け反り、首を振った。細い身体がしなって、掴まれたところから先の腕が見る見る赤黒くなる。

「やめろっつったろーが!」

 俺は喚いた。

「誰がしゃべらないって言った?! セイヤを放せ。それからだ」

 俺だって、これだけ色々ごたごたに関わってみろ、少しは慣れるんだ。それに、何がどううまくいっているのかはわからないが、幸いにも、こいつらは俺を殺す気はなさそうだ。ならば、少々図太く出ても大丈夫だろう。

「おい」

「はっ」

「あ…」

 島田の合図で大男が手を離す。どさりと椅子に落ちたセイヤが、俺の方を見てポロポロと涙を零した。

「ごめん……志郎…兄さん……僕…足手まとい……だ……兄さん…一人なら……こんな奴ら……平気なのに……」

「気にするな」

 セイヤの方にも多少の誤解が残っているようだが、この際良しとしよう。一般人だと言ってるのに、信じてもらえないなら仕方がない。

「猫は『友猫』の所へ行くかね?」

「さあな。ただ……顔見知りは多いと思う」

「顔見知り……情報屋、か」

 梅崎は勝手に俺のことばを解釈した。

「では滝君、その鰹節だが、ドイツ産のものは…」

 ドンドン!

 草木の問いかけは、唐突な激しいノックで遮られた。

「何だ?」

「たっ、大変ですっ!」

 大男の一人が開けたドアから、貧相な男が飛び込んで来て、梅崎と草木を交互に見た。

「本社が……コンツェルンが…」

「落ち着きたまえ!」

 梅崎の一喝に、男はびくりと体を強張らせたが、悲鳴じみた声で叫んだ。

「社長…! コンツェルンは崩壊します……今次々とラインが切られていて……大掛かりな吸収と合併が……それに、ドイツの海部運輸への足掛かりは…」

「足掛かり? 真口運輸か?」

「はい…たった今、朝倉家に吸収されました!」

「なっ…」

 ぎょっとした顔で、島田、梅崎、草木が腰を浮かせた。


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