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07 想いが重い

「……姫。起きるっす」


「ん……」


 目を開いた瞬間に驚きのあまり悲鳴を叫びそうになった私は、慌てて両手で口を塞いだ。


 美しくて大きな黒い獅子の顔が、私を黒曜石のような大きな目で見つめていたからだ。


 私が眠ってしまう前に寝顔を見ていたあの人の獣型で、間違えていない……と思う。


「……デュークなの?」


「ええ。姫。その通り、俺っす。なんで、一緒に姫が寝てるんすか。俺は自分の執務室にまで戻るの面倒だったから、夕方の会議の時間まで時間潰ししようとしただけっすよ」


 とても呆れた黒獅子の低い声は、いつもより少々くぐもっては聞こえているものの確かに人の言葉を話している。


 私が思った通りにこの黒獅子がデュークが獣化した後の姿だ。


————-なんて、美しいの。


 通常な獅子の毛は金色だし、百獣の王の名に相応しい勇壮な姿は画家にも好まれて有名な絵画にも良く描かれている。


 けれど、今のデュークの姿は、まるで明るい光を吸い込むような漆黒の毛を持つ獣だった。


 デュークは私が想像していた以上に、素晴らしい別の姿を持っていた。


「……それって、デュークがお仕事をサボってた訳ではないの?」


「そういう訳じゃないですって。だから、次の会議までの必要な時間潰しっす。城の会議室から、俺の執務室まで遠過ぎるんすよ。立場の近い同僚と同じように、その辺の部屋でお茶でも飲んで、近隣国の政治について語らうと思います?」


「あら。それならば、薔薇の離宮に、貴方の執務室を移すようにお願いしましょうか?」


「それは、誠に光栄ながら、謹んで遠慮するっす。ところで、姫」


「え? 何。デューク」


 私はその時、デュークの手触りの良さそうな艶やかな黒い毛の中に彼が着ていたであろう騎士服が破れているらしい生地を見つけた。


 私には良くわからないけど、服を脱ぐ間もなく彼は何かの理由があって慌てて獣化をしてしまったのかもしれない。


「……俺が、怖くないんすか」


 言いづらそうに言ったデュークの言葉を聞いて、私には彼が何を気にしているのかと、すごく不思議になった。


「どうして。こんなにも美しい姿をしている獣を、怖いと思うの? 私はちっとも怖くないわ。それに……だって、どんな姿でも中身はデュークだもの」


「俺の本当の姿は、こうした恐ろしい肉食獣です。姫のことを、この牙で引き裂いて食い殺すことだって……簡単に出来んすよ」


 まるで自分は凄く危険なのだということを表すように、私を脅かす意図でか低い唸り声をあげた。


 それすらも可愛く思えて、つい笑い声をあげてしまった。


「ふふ。そうね。それでは、私はデュークになら食べられても構わないわ」


 微笑んだ私はあくまで自分なりの面白い冗談を言ったつもりだったんだけど、獣の姿なのに見るからに引いて困った様子を見せているデュークとは、心の距離がかなり開いてしまったようだった。


「……なんか、姫。それ。ちょっと怖いっす。俺への想いが、重過ぎって言うか……かなり病気っすよ。これまででも、言動が結構やばいんじゃないかと思ってはいましたけど。さすがに今の発言は、本気で心配になりました」


 デュークから完全に引かれていることに気がついた私は焦った。


「重い!? これって、重いの? ……えっと……でも、私はデュークに好きになって貰えないからと何か嫌なことをしたりすることはないから。ちゃんとわきまえるつもりよ。さっきのは、ただの冗談よ。そんなに引かないでくれると、嬉しいんだけど」


 必死の弁解の言葉に、デュークは首を傾げつつもゆっくりと起き上がった。


 身体を震わせた時に身体からはらりと落ちてしまうのは、きっと彼が獣化した時に千切れた衣服。


「……そうすか。俺は……なんか、この先の姫が心配っす」


「もう……ちょっとした冗談なのに。そうやって過剰に反応しないで欲しいわ」


 陽気に暖かくなっていたふわふわの緑の芝生の上に横になっていた私もデュークの動きに習うようにして上半身を起こした。


「俺、そろそろ帰るっす。どうもお邪魔しました」


「あら。デューク。人型にはならないの?」


 のそのそと歩き出した黒獅子は、壁に近い木の上へと飛び移ろうとしているのか狙いを定めているようだ。


「……諸事情で服が破れたんで、このままだと俺は全裸っすよ……俺は別に支障はないすけど、お姫様には刺激が強過ぎじゃないすかね」


「あら。そうなの? 私。男性の裸は、見慣れているから。別に平気よ」


 私が特に動揺することもなく平気だと伝えれば、黒獅子デュークは雷にでも打たれたかのように大袈裟に全身を震わせた。


「え……どっ。どういうことっすか? え。でも、姫って処女っすよね?」


 王侯貴族は初夜に夫となる人に嫁ぐまでは、処女であることが大原則だ。デュークは何をそんなに動揺しているのだろうと、私は本当に不思議だった。


「だって、私には三人もお兄様が居るのよ。兄と一緒にお風呂に入ることもあったし、夏には水遊びだって良くしていたもの」


「えっ……待ってください。それって、姫が何歳くらいまでっすかね?」


「えっと……一番年齢の近いジャンお兄様とは、私が八歳くらいまで、かしら。水遊びの時は、流石に下履きは履くわよ。もちろん」


 確か私がそのくらいの年齢までは、年の近いすぐ上のジャンお兄様とは良く入浴していたものだった。


 今思えばお兄様たちは母が居ない私が寂しくないようにと、あの時はとても気を使って傍に居てくれたのだ。


 自分で言うのもなんだけど、暑苦しいくらいに溺愛されていた妹だった。


「はは……そういうことっすか。殿下たちをとんでもない色眼鏡を付けて見ることになるところだったんで、ちゃんと詳しい事情を聞いといて良かったっす。国に仕える騎士としての忠義心が、根本から揺らぐところだった。危なかったー」


「え? どういう意味?」


「……姫。良いですか。言っときますけど、成人男性と幼い男児とは体の作りが全く違うっす。これめっちゃ大事なんで、試験に出るっすよ。覚えといてください」


 デュークはそう言ってしなやかな身のこなしで木の上に飛び上がり、あっという間に壁の上へと登った。


「デューク! お仕事がんばってね!」


 去っていく彼に慌てて声をかければ壁を降りる前の一瞬、黒くて長い尻尾が声に応えるようにして左右に揺れた。


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