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32/32

32 閉幕

「あ……! デューク! 何しているの?」


 私が何気なく移動しながら窓を見ると、離宮の屋根の上で、昼寝しようとしていたデュークを見つけた。彼は少々悲しそうな表情になって項垂れた。


 おそらく、仕事中だけど待ち時間になって暇だから、昼寝しようとしに来たのだわ。


 ここは代々正妃に与えられる薔薇の離宮で、万全の警備体制が取られる。


 敵意ある者には絶対に侵入出来ないはずだけど、デュークには出来てしまう。何故ならば、彼は現在私の警備担当の総責任者だから。


 とは言え、そんなに仰々しく守って貰えるのも、彼と結婚して降嫁するまでの間のこと。それに、お父様からお兄様へと代替わりすれば、ただでさえ低い私の継承権はどんどん下がっていくだろうし、ここまで守って貰えた日々を懐かしく思い返す日がやって来るのかもしれない。


「アリエル……見なかった事に、してもらえません?」


 デュークは私が彼に会うために庭園まで降りて来たところで、私に聞いた。私だって彼の不利益になる報告なんてするはずがないんだけど、デュークはこれから仕事をサボりたかったらしい。


「……私も一緒なら、許しても良いわ」


「殿下よりお許しが頂けまして、恐悦至極に存じます」


 デュークは嬉しそうに振り返ると、日当たりの良い芝生の上で寝転がり、早速目を閉じた。


 私はそんな彼の姿に既視感が湧いた。ああ……そうだわ。デュークの獣型の姿を初めて見た時も、彼がここで寝てしまっていたからなのよね。


 あの時と同じように、私は彼の横で寝転がった。日当たりも良いし、芝生は温かくてぽかぽかしている。犬や猫はその家の中で一番快適な場所を知っているというけれど、デュークもそうなのかもしれない。


 これはもう、快適なこの場所で眠ってしまえと言われているような状況だった。


「ねえ……運命の番が現れたらどうするの?」


 私はなんとなく、そう聞いた。けれど、デュークは寝ているし、答えが返ってくることをあまり期待はしていなかった。


「……獣人には確かに居ますね。けど、俺には現れない気がします。俺には姫がいるんで、居たとしても出てこれないんじゃないですかね。多分」


 けれど、デュークはただ瞼を閉じているだけで、眠ってはいないようだった。通りの良い低い声でそう言えば、私は大きく息をついた。


「誰にも未来はわからないのに、ずいぶん断定的なのね」


 会うかもしれない誰かに会うことは、ないような気がすると言われても、私にはどう返して良いかわからない。


 私は獣人にはその存在を知ることが出来るという『運命の番』について、とても不安だったのだ。彼らはひと目会ったその瞬間から、互いのことしか見えなくなってしまうのだと聞く。


 それまで愛し合っていた人のことすら何もかも忘れて。


「獣人の勘って、割と当たるんすよ」


 デュークは私の心の葛藤を読んでいるかのように、苦笑してそう言った。目を閉じていても、本当に素敵。私は隣で目を閉じている彼の横顔を鑑賞しつつ、少々意地悪な質問をした。


「では、もし、現れたらどうするの?」


「もし、現れて俺が運命の番に奪われそうになったら……姫が殺しても構わないですよ。俺の事。喜んで……貴女に殺されます」


 いきなりデュークの黒い瞳が見えて、私は息が止まりそうになった。彼が目を開けると思わなくて驚いたから? その視線がとても甘いものであったから?


 いいえ。殺しても良いと言ったその言葉が真実なのだと、真摯な黒い瞳に私に伝えて来たから。


「っ……デューク」


 殺しても良いなんて言われても、殺せる訳なんてない。だって、世界で一番に私が好きな人はこの人なのよ。


「はは。そんな驚かれるような、重いと思われるくらいに姫を愛してるんで、別にそうされても良いですよ。俺は」


 言葉に詰まってしまった私を見てニヤッと笑い、そこで揶揄われていることに気がついた。


「ずっと求婚断られていた時の、私みたいなことを言うのね」


 確か私もあの時に、殺されてしまっても良いと思った。そして、彼への重い想いを語り、デュークに見事引かれてしまうという悲しい出来事を引き起こした。


 私だって恋愛を何度も繰り返していたら、そんな間違いは起こさなかったかもしれないけれど、デュークが初恋なのだから少々変なことをしても仕方ないと思う。


「そうすかね。まぁ、そうかもしれないですね。姫は何も知らないでしょうけど、俺の方も襲わないように自制するのも大変だったんで」


「……そうなの?」


 とても、そんな風には見えなかった。デュークを追い掛ける私を、いつも遠ざけようとしていたし、襲われるようなことだって、ほとんどなかったように思う。


 よほど怪訝そうな表情になってしまっていたのか、デュークは面白そうに微笑んで肯定した。


「そうです。さすがに隣で自分のことを好きな子が無防備に寝てると、色々とやばいっすね。服破ってでも、獣化をして良かったっす」


 しみじみとそう言って空を見上げたけれど、やっぱり意味不明だった。


「どうして服を破ってでも獣化したら、良かったってなるの?」


「獣化したら、ある程度、人の欲が客観視出来るんです。だから、性欲を収めるために獣化するんす。これって、割と有名な話なんですけどね。姫は育ちが良いから、それは知らなかったんですね」


 私は獣人の生態はある程度学ぶとは言っても、そういう……性的なことは、確かに知らないかもしれない。


「……あれって、もしかして、そうだったの?」


 おそるおそる聞いた私に、デュークは空を見たまま何度か頷いた。


「それは、そうすっすよ。空腹時にご馳走置かれて食べられない気持ちを思い出してください。地獄でしかないですよね」


「……今まで、そんなことは一度もなかったわ」


 私の人生の日々、いくら思い浮かべても、空腹と言える時がない。


 しかも、ご馳走と言えば常にご馳走ではあったので、空腹時にご馳走を目の前に置かれるという意味はわからないのだ。


「そうですよね。アリエルは王家の姫ですもんね。俺……おかしいですね。そんな事も考えないなんて、どうかしてました」


「良いのよ……生まれて暮らして来た世界が違うと言われれば、その通りだもの」


 デュークはこれまでに平民として生きてきたし、私の生活をそのまま想像しろという方が難しいだろう。


 その逆だって、難しいように。


「まぁ……本気の重い感情に振り回される時ってこんなもんなんすかね。俺って、通常時は、そこそこ気が使える男なんですよ。姫はあまり知らないと、思いますけどね」


「そうなのよ。それは、知っているわ。私はデュークを好きになってから、ずーっと、そうだったの」


「そうっすか。今は同じくらいに両思いなんで、どうもお待たせしました」


 不意に黙り込んだ私たち二人は、気がつけば目を閉じて眠ってしまっていたようだ。


 やがて、私だけが目を覚まし気がついた時には、デュークがすぐ傍に寄り添って、どんな良い夢を見ているのか、隣でごろごろと喉を鳴らしていたのだ。


 ……そうだ……獅子って、猫だったわ。やだ。嬉しい時って、喉を鳴らすわよね。可愛い。


 私の素敵過ぎる騎士団長様は、寝姿も可愛過ぎるみたいだった。


Fin



お読み頂きありがとうございました。

もし良かったら、最後に評価していただけましたら嬉しいです。


また、別の作品でもお会いできたら嬉しいです。


待鳥園子

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