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30 暗闇の中の光(side Duke)

 俺には、実の父親を殺しかけた過去がある。


 金色の毛を持ち生まれてくるのが当たり前の獅子一族の中で、俺だけが珍しい黒色だったからだ。


 仕事に疲れて帰って来た父は、幼い俺を持ち上げて『本当に自分の子か?』と揶揄うように言った。


 今思うと、酒の席での戯れ言だったように思う。


 両親は愛し合ってはいたが、父は怠惰な獅子の性質通りに、働くことを嫌い、仕事をあまりしたがらなかった。


 あの日は仕事中に何か嫌なことがあって、イライラしていたのだろう。


 幼い子どもと身重の妻を養うために、あの人は休みたい怠けたいという自分の欲を曲げてまで、必死で働いてくれていたのだ。


 だが、幼い俺にそれは理解出来なかった。それを言われた母は悲しそうな顔だったし、母と俺の事を嘲られた事は、なんとなくわかったのだ。


 そして、気がついた時には血まみれで動かない父が居て、そんな彼の前に必死で庇って守っている母が居た。


 誰から?


 ……俺からだ。あまり良くない冗談をひとつ言っただけで、父は子どもに殺されかけたのだ。母の目には恐怖が浮かび、俺は祖父母の居る村に送られて、それから両親にはもう会えていない。


 思えばあの時、父も俺に応戦出来たのだ。


 幼い俺を殺そうと思えば出来たのに、あの人はそうしなかった。だから、母だって本来ならば言ってはならない言葉を言った父を許したのだろう。


 獣が珍しい毛色で生まれることは、たまにあった。白や黒、赤一色でまるで全身を一色で染められたかのように産まれるのだ。


 ならば、獣人にだって、それはあってもおかしくない。父母が俺との血縁関係を、本気で疑ったことはないだろう。俺の顔は父に良く似ていたのだから。


 ……事実関係は、それだ。けれど、庇護すべき子どもに殺されかけたという事実は、彼らを俺から遠ざけた。


 俺は母を守ろうと思ったあの時に、家族を失ってしまったのだ。



◇◆◇



「デューク! 早く帰りましょう」


 目の前で手を振って、俺の名前を呼ぶ育ちの良い女の子。大事に大事に育てられ、何も嫌なことなどなさそうなのに、彼女は彼女で葛藤を抱えているようだ。


「はいはい……了解っす」


 アリエルを、守らねばと思った。怒りに支配されそうなあの瞬間に、助けなければと思えば冷静になれた。


 もう俺は、あの暗闇に飲み込まれない。


 飛び散る血を見て、怒りで頭が真っ赤になる瞬間も、意識を手放そうと『俺が思わなければ』自分を操作出来るのだ。


 俺たちはユンカナン王国から派遣されて来た一隊に護衛されて帰国されることになった。アリエルのお忍びは知れ渡り仰々しいご一行になってしまったので、やって来る時よりも何倍も時間がかかってしまうだろう。


 俺も助かったと思った瞬間に、彼らが迎えに来てくれるなんて、全く思わなかった。


 王太子ラインハルト殿下が、大事な妹を異国へ旅させるというのに、何の策もなく行かせる訳がなかったからだ。


 護衛からの定期連絡がなくなった段階で、独断でこの一隊を派遣しアリエル捜索させていたのだ。


 妹とその護衛たちをそうと知って拘束したダムギュア王太子は事を収めるためにどれだけ不利な条件をのまされるのかは知らないが、そこからは軍所属の俺にはあまり関係ないことだ。


 上手くやってくれるだろう。


 アリエルはそれを知って長兄が自分に対し非常に過保護だと言って居たが、彼女の身分や価値を考えればそれは仕方ないことなのかもしれない。


「……姫が居たら、俺はきっと最強っすね」


 俺はもうあの黒い感情に飲まれない。感情に支配されない。自分の命よりも守りたいものが出来たからだ。


 今まではそれがなかった。


「何言っているの? デュークは最強よ。皆そう言うわ」


 アリエルは不思議そうな顔をして言った。彼女の知っている世界では、それは正しいことなのかもしれないが、真の強者はそれをひけらかさないものだ。


「はは。ですが、ユンカナン王家ご自慢の『三匹の犬』の辺境伯たちは、俺はまだお手合わせしたことはありませんからね。彼らは危険な辺境の国境を守るのが仕事ですから、王都にはあまり居なくて当然ですが」


 人とは違って特殊な能力を持つ獣人にも超戦闘種と呼ばれる三種は、特別だ。戦闘に特化した能力を持っているし、獣化すれば大型獣になりほんのひと薙ぎで人を殺せてしまうだろう。


「あら……確かにそうね。確か、この前にプリスコット辺境伯の跡取りニクス様はいらっしゃって居たわ。けど、彼らが闘技大会に現れることはないわね」


 雪豹プリスコット辺境伯家が王城に居るなど珍しい。あそこには未婚の三兄弟が居て、ユンカナン貴族令嬢たちは彼らに夢中。だからこそ、王都には近寄らないらしい。


 あまり女性にモテたことのない身分としては、なんとも羨ましい限りだ。


 ……そういえば、アリエルは何故、俺を選んだのだろうか。


 上品で王子然とした兄たちを見慣れているから、いつもとは違う味が食べたくなったというだけでは、説明がつかないような気がするが。


「プリスコット辺境伯ですか……魔物がうじゃうじゃ湧いて出ると噂の雪山から、国を守られて居られるのですから、とても強いでしょうね。是非、お手合わせ願いたいですね」


「あら! そうね。私もお会いしたら頼んでみるわ。ニクス様はあまり喋らないけれど、デュークとは違う意味ですっごく素敵なのよ」


「へえ……そうなんすか。姫はこういう関係は初めてでお作法を知らないようですけど、恋人になった男の前で違う男を褒めない方が良いっすよ。せっかく良い感じに育った辺境伯の跡取りを、御前試合の事故で殺したくはないでしょう」


 アリエルは俺の話を聞いて、顔をみるみる赤くした。わかりやすい。俺に嫉妬されたとわかり、嬉しかったんだろう。


 しかし、良くこんなにわかりやすくて、今まで生きてこられたと思う。母を早くに亡くしてしまったせいで三人の兄に溺愛されていたと聞いているが、彼らは可愛い可愛いと甘やかし過ぎてやり過ぎてしまったのではないだろうか。


 可愛いことは、否定はしない。


「ニクス様を殺さないで……」


「ははは。冗談。ですが、俺を人殺しにしないでください。感情の制御がいつも上手く出来るとは、限らないので」


 俺がそうこれからの注意事項を言うと、アリエルは何度も大きく頷いていた。


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