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20 欠伸

 そんなこんなを経て、権力者の思惑通りに動く侍女二人の口車に乗せられた私はデューク率いる護衛騎士たちを引き連れ王都近くの森の中にある離宮にやって来た。


 辿り着いたばかりで私の部屋に持ってきた荷物を入れて整うまで、テラスで居ることになった。


—————そんな私を襲って来たのは、深い深い後悔だ。


 継承権は低いとは言え直系王族の一人、つまり私が公的に移動して他所に滞在するとなると、王都のお忍びの時のように最小限のお付きの者のみと言う訳にはいかない。


 それなりの役目の者たちを連れ、ある程度の人数になってしまう。


 単騎であれば一日の距離を仰々しい一行が三日掛けて目的の離宮に辿り着き私は正直疲れていた。


 デュークに会えない余りに自分はなんと言うことをしてしまったのだろうと。


 多分、通常の状態にあればこんな我が儘でしかない旅は、思い留まれたとは思う。


 けれど、このところの私はお父様がデュークに私の縁談を持ちかけて、それがどうなったのかが、気になって気になって堪らなかったのだ。


 デュークも忙しいけどユンカナン国王であるお父様も、いつだって多忙だ。


 義母や家族が集まる時に、そんな確定でもない曖昧な話を、持ち出す訳にもいかないし……かなり、気持ちは焦れてはいた。


 今冷静になると、私はどうかしてた。多忙な彼になかなか会えないからって、自分が城を離れて、その警護の責任者に指名するなんて……。


 自責の念に駆られ鬱々と塞いだ様子の私に、エボニーとアイボリーは不思議そうな様子だ。


 きっと彼女たちは、この離宮に来れば私は大手を振ってデュークを連れ回すことも出来るし、機嫌を直してすぐにそうするのだろうと思っていたのかもしれない。


 けれど、私は成人した分別のある大人なのだ。


 生まれ付き持っている権力をもって、好きな人を警護の責任者として連れて旅行をしてしまった。


 待って。なんて……私は子どもっぽい真似を、してしまったのかしら。


「姫。せっかくの離宮に来たと言うのに……何を落ち込んでいらっしゃるのですか? 少し出かけられたら、いかがですか?」


「そうですよ。せっかく、首尾よく獅子を連れ出せたと言うのに。ここに来るまで、全く会話もされていないではないですか」


「待って。私いま、国益もない私利私欲のために王族の権力を使ってしまったことを、ご先祖様の皆様に、深くお詫びしているところなんだから」


 眩しい太陽を見上げつつ両手をぎゅっと握りしめていた私がそういうと、二人は顔を見合わせた。


「姫様が元々持っている物なのですから、別に使って困るようなことではないのでは? 姫様は真面目過ぎるのです。王族という不自由な身分なのですから、少々の我が儘を言っても、別に良いではないですか」


「そうですよ。適齢期になっても決定していない姫様の結婚相手がようやく決まるんですから……姫様と結婚出来るかもと変に期待を掛けた、国賓の男性やその使者を持て成すために、税金が使われることがなくなればそれだけでも十分に国益に適うかと」


「そうね。そういう考え方も、あるのかしら……?」


 確かにこの前のダムウェア王国の王太子ルイ様だって、彼自らがユンカナン王国まで出向いた。


 賓客として彼を持て成すのなら、それなりのお金は掛かってしまうはずだ。


 それが、私が結婚相手を決めれば落ち着くとなるなら、私なりのこれを仕出かした理由の落とし所になりそうだ。


「そうですよ。姫様。この旅は、獅子を落とすチャンスですわ。こんなところで一人、天に召されたご先祖に祈りを捧げている場合ではありません」


 エボニーとアイボリーの二人は、私とデュークをくっ付ける方向性で熱心に動いているようだ。


 これはおそらく、彼女たちが面白がってそうしているのではない。


 私からデュークと結婚したいと聞いたお父様が、ラインハルトお兄様に相談したのかしら?


 そう考えれば、彼女たちの行動が理解することは出来る。


 過保護なラインハルトお兄様は、妹の恋路にまで手助けをしてくれるようだ。


「……ええ。出来れば……この場所で、既成事実を作るのが望ましいですわ」


「ええ。獣人は、凄いと言いますから」


「凄い……凄いって?」


 思ってもみなかった色っぽい方向に転がり出した話題に、私は目を白黒させた。


「なんの話っすか?」


 キャーという甲高い悲鳴が響いて、私たちに何かを伝えに来た様子のデュークは頭の上にある獣耳を押さえて渋い表情を浮かべた。


「……お嬢様方、俺が人よりも耳が良いことを忘れてないっすか。めっちゃ、キンキンするっす」


 三人全員で合わさった悲鳴は、性能の良い耳を持つ彼にはとっても辛かったようだ。


「ごっ……ごめんなさい!」


「……念の為の離宮全体の見回りや、点検など全て終わりました。敷地内であれば、護衛を付けて出歩いて貰って良いっすよ……あの……侍女なのに姫を一人にして良いんすか?」


 そそくさとこの場を去って行ったエボニーとアイボリーの背中を見て、デュークは不思議そうな顔をしていた。


 彼の言うとおり普通であれば、これはしてはいけない。


 侍女が主人を残して行くなんて、よっぽどのことだ。


 けど、あの二人がそうしたのは、お父様から何かを聞いたラインハルトお兄様の、デュークを私の夫にしたいとの意向を受けたものかもしれない。


 彼からはっきりとした話があったり、意思表示されたりはしていないけど、この離宮に来ることもデュークを警護の責任者にすることも、すんなりと行き過ぎて変だとは思っていた。


 デュークは、私との縁談を既に聞いている……?


 けれど、彼の態度は変化などもなく、いつも通りだ。


 余裕ある振る舞いで、飄々としている。キリッとはしてなくて、ダルそうな態度。そう言うところも、素敵なんだけど。


「……姫? どうかしました?」


「別に、どうもしていないわ……デューク。もう周辺を出歩いて良いのなら、散歩に付き合って欲しいんだけど」


「……別に良いっすけど」


 デュークは肩を竦めて頷いた。私は慌てて座っていた椅子から立ち上がり、彼の腕を取った。


「え。姫。なんで、そんなに急いでるんすか。散歩って、まったり道を歩くんじゃないすか」


「デュークの気が変わって、やっぱり止めたって言われれば嫌だから」


 彼の腕を引いて早く早くと言わんばかりに歩き出した私に、デュークは続いて歩きつつ苦笑した。


「俺。そんなに、気まぐれな性格でもないっすけどね。猫は猫でも、獅子は群れを為す習性もあるんで、規律にはそれなりに従うっす」


「怠惰だけど……規律は、厳しいの?」


 それは両立するのかという疑問が浮かんだ私に、デュークは苦笑した。


「……そうっすね。俺も、した約束守りますよ。ちゃんと」


 離宮とは言え、いつ誰が来ても良いように整えられていたのだろう。


 庭園には花々が所狭しと咲き誇り、腕の良い庭師が居ることが知れた。


 ポカポカした陽気が、心地よい。私は何となく欠伸をして口を片手で押さえたら、デュークも大きな口を開けて同じように欠伸をしていた。


「姫……俺のことが好きだからって、真似しないでくださいよ」


 にやにやした余裕のある態度で、デュークは私のことを揶揄った。カアっと顔に血が上った私は、慌てて否定した。


「真似してないわ! これは、ただの偶然で……それで……」


「……すみません。冗談っすよ。姫って、本当にわかりやすいっすね」


 デュークが思っていた反応よりも私が過剰だったのか、頭をかいて反省している様子だった。


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