19 お願い
「姫様。今朝はお出掛けをされないのですか?」
「もしかして……お身体の調子でも、悪いのですか?」
私の侍女であるエボニーとアイボリーの二人は、朝になればすぐに起き出して、デュークに会いにいくための支度をしたがる私が、まだベッドで掛布の中にくるまっていることに戸惑っているようだ。
彼女二人の心配はごもっともなんだけど、ベッドの上から降りる気力が出ない。
「……今日は、もうほっといて……昼から招待されているお茶会だけだし、それまでには起きるわ」
朝の早い私の珍しい言葉に、二人は顔を見合わせた。
主人の言葉に従うのが侍女の仕事ではあるものの、身分に似合わないだらしない行動をそれとなく注意するのも彼女たちの役目だ。
最近やたらと多忙なデュークと会えない状況に拍車が掛かり、私はどんよりとした顔のままで、空しい日々を過ごしていた。
ほんの数日前まで押しかけていたようでも毎日会えていたというのに、今では廊下で擦れ違うことすらほぼない。
まるで、デューク欠乏症に陥ってしまったように、まったく元気が出ない。
花で言えば、水がなく萎れてしまった状態だ。単純にデュークが足りていない。
明らかに落ち込み空返事ばかりの私を見かねてか、エボニーは打開策を提案することにしたようだった。
「……アリエル様。もし、獅子に会いたいのならば、ご自分の警護任務でも言い付けてみては?」
「それは駄目よ。デュークの仕事ではないわ。私専属の護衛騎士は既に居るから、その上に団長の彼にまで呼べばただの職権乱用よ」
私はエボニーの軽はずみな提案に対し、難色を示した。
無理が通る王族の姫とは言えど軍という規律ある組織に属している彼に、好き勝手に任務を申し付けることは出来ない。
彼女の双子の片割れアイボリーは、一層機嫌を損ねてしまった私を宥めるようにして殊更優しい猫撫で声を出した。
「まあまあ、そう言わずに。姫。もし、王族が外出をすることになれば、騎士団長や要職にある者が警護の責任者として付き添うのが当たり前のことです。獅子が行かなければ、他の騎士団の団長が付いて来るでしょう」
「それは……そうだけど」
「そうならば、獅子でも他の誰かにしても同じことですわ。近隣の離宮にでも、行かれてみては? 姫の気分も晴れますし、とても良い事ですわ」
アイボリーの言っていることは、確かにそうだった。
彼女の言う通り、私がもしこの王都から離れるのなら、誘拐や襲撃の可能性もあり責任者となる誰かが付いて来てくれて然るべきだ。
「まあ……離宮に? そうね。私はあまり、王都からは出ていないから……けど、許して貰えるかしら」
甘やかされている私とて、お父様やお兄様たちの許可を取らずに外出することは許されない。不安そうにそう言えば、二人は顔を見合わせて嬉しそうに頷いた。
「姫様でしたら、そう仰ると思っておりました!」
「ええ。本当に、良かったですわ! とても姫を心配されておりましたから」
二人の言葉で、ようやく気が付いた。
これは彼女たちの考えではなく、私に対しこれを提案しろと指示した過保護な王太子が背後に居ることに。
◇◆◇
「ねえ。デューク……私。離宮に行きたいんだけど」
「姫。見ての通り、俺……今、忙しいんすけど」
盗賊対策に関して物々しい雰囲気の会議の休憩時間を見計らって彼に声を掛け、書類を読んでいたデュークは、私のお願いに対し困り顔になってしまった。
このところ王都周辺を騒がせている不思議な盗賊の話は私だって聞いていた。
けれど、彼らのアジトを突き留めていたとしても、まるで煙のように消えて逃げてしまうらしい。
転移魔法を使った様子もなく、逃亡方法がわからなければ捕縛することも叶わない。早く捕まって欲しいという気持ちはあれど、捜査は暗礁に乗り上げているらしい。
だから、デュークは消えてしまう盗賊の秘密がわからない限り、終わる事のない討伐任務についているのだ。
長くなりそうな任務が終わるのを待っていれば、私は気持ちの上で枯れてしまうのかもしれない。
だって、デュークに会えないなんて耐えられない。
「お願いデューク。私。久しぶりに湖の近くにある離宮に行きたいんだけど……噂に聞けば、なんでも近くでも盗賊が出るんですって。けど、貴方と一緒だったら何があっても大丈夫だから。お父様にも許して貰えるわ」
私のこうした突拍子のない行動にも、これは後ろ盾があるなと察したのかもしれない。デュークは大きく息をついた。
「姫が離宮に行っても、護衛騎士が居るから絶対大丈夫っすよ。姫のお付きの騎士は、うちでも結構強めなのを選んでますんで」
そういえば、最近の私の護衛騎士は、何故かゴツゴツしている大きな身体を持つ男性が多い気がする。彼らは獣人だったのかしら。見た目からして強そうと言われれば、そうだけど。
こうして離宮に行くのも何が目的かと言われれば、デュークと一緒に居たいだけなので、そうだとしても何の意味もないのだ。
別に仕事の邪魔をしたい訳ではない。
王族の私がもし離宮に行けば、団長のデュークが警護任務に付いて、それが仕事になるってだけだから。
「……デュークが居ないと、不安なの。お願いだから、付いて来て」
「……」
デュークは大きくため息をついて、私をじっと見つめた。