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18/32

18 誰

—————ここ数日というものの。


 私はデュークに、わかりやすく避けられているようだった。お父様から私との縁談について、聞いたのかもしれない。


 朝にいつものようにデュークの執務室に行っても、書類整理をしているマティアスが申し訳なさそうに『団長は今、大変な案件で動いておりまして』と謝られること数回。


 最初は多忙ならば仕方ないわよねと、前向きに考えることが出来ていたものの……これは、デュークに完全に避けられてしまっていると思い至った。


 気落ちはしてしまうものの、それも仕方ないとは思う。


 デュークだって王から娘はどうかという縁談を聞いて、これはもう関わりたくないと思ったのかもしれない。


 ユンカナン王国では王族と婚姻が許されているのは、伯爵位以上の家格にある者に限られている。


 何故かと言うと建国当時、王族の一人と結婚することで強い権力を持った貴族が勘違いをしてしまい傲慢に振る舞い、それが悲劇に悲劇を呼び、いくつかの家が取り潰されてしまう例などがあったからだ。


 なので、婚約すらしていない未婚の私も家臣に嫁ぐのであればある程度の爵位を持ち家格も申し分ない名家に嫁ぐことが望ましい。


 なので、年齢も釣り合うサミュエル様のヘンドリック侯爵家などは、とても良い嫁入り先だ。


 自分自身が要らぬ火種になってしまうことは私だって避けたい。


 闘技大会直後は興奮状態にあったからデュークに嫁ぎたいと言えたものの、言わなければずっとぬるま湯に浸かっていられたのにと、後悔するようになってしまっていた。


 今朝も肩透かしに遭ってしょんぼりと肩を落としながら、城の廊下を歩いていた。


 そして、見覚えのある人を見掛け、私は慌てて道を開けようと廊下の脇へと動いた。


 最高位の王族であれば道を開けるなど、あまりないことだ。


 けれど、友好関係にある他国の王太子が、こちらへと歩いて来るならば話は別だ。だって、ルイ様はいずれ一国の王になられる方だもの。


「これはこれはアリエル様。おはようございます。お会い出来て嬉しいです。あの夜会以来ですね」


 先日の夜会で初対面となった、ダムギュア王国王太子ルイ様だった。


「おはようございます。旅装にあるということは、もう帰国してしまうのですね。またお会い出来る日を楽しみにしております」


 私は残念だと本当に思ったので、カーテシーをして微笑んだ。


「……ええ。アリエル様に再度お会いしたいとお願いはしたのですが、お兄様からは妹は最近体調が悪いとお聞きしておりまして……こうして直接お会いすると、顔色も良いようで安心いたしました」


 ルイ様はにこにことして微笑み悪気は見えない。けど、そんな見え見えの断り文句を真に受けているはずはない。


 ……ラインハルトお兄様。断り文句と言えど、なんでそんなわかりやすい嘘をつくのかしら。縁談をお断りしたにせよ、少しくらい話しても良さそうなものなのに。


 私は内心にある動揺をひた隠すようにして、にっこりと微笑んだ。


「ええ。昨日までは伏せっていたのですが、こうしてルイ様の帰国のお見送りに間に合うことが出来て本当に良かったですわ」


 こうして、彼を見送ることが出来て良かったと思うのは、私の本心だ。


 遠路はるばる来てくれたと言うのに、縁談を断ってしまうことには心苦しい。ルイ様は優しげで親切に見えて、権威的で嫌だと思うような男性でもない。


「また、アリエル様にこうして、お会い出来る事を祈ってます……おや。彼は?」


 ルイ様は私の後方を見て、不思議そうな顔をした。


 私は彼の視線に釣られるようにして後ろを振り返れば、そこに居たのは数日振りに会うデュークだったのだ。


 真っ直ぐにこちらを見ていた自分が私たち二人の視線を集めていると気がついた彼は、その場で王族への忠誠を誓う姿勢を取った。


「あれは、我が国の獣騎士団団長のデューク・ナッシュですわ……あの……?」


 ルイ様はデュークの名前を聞いて、何故か表情が抜け落ちてしまったようだった。


 確かデュークが名を上げたあの戦いで、ダムギュア軍は歴史的な大敗を喫することになった。


 我が国では英雄になったデュークの名を、ルイ様は知っていたのかもしれない。


「……いいえ。なんでもありません。それでは、失礼します。アリエル様、お体にはくれぐれも気をつけて」


「えっ……ええ。気をつけてお帰りください」


 急に身を翻したルイ様に私は驚きつつも、別れの言葉を口にした。


 ……もしかして、私が配慮不足だったかもしれない。


 けれど、双方の国で戦争は、人の心に爪痕を残すもの。


 デュークがあの時に戦ってくれたことは、我が国ユンカナン王国側から見れば、国を守ってくれただけに過ぎない。


 国の盾として戦ってくれた戦闘員のデュークを彼が責めるというのなら、私たち王族はデュークの前に出るべきだろう。


 彼を責めるなら、私たちを先に責めなさいと。


「なんすか。あの人」


 ルイ様とお付きの人々の一行をなんとなく見ていると、デュークがすぐ背後にやって来ていた。


「わ。デューク。驚いた……あっ……えっと、隣国の王太子で……今から帰られるところなの」


「……ふーん。やたら色男っすね。姫の縁談相手っすか?」


 隣国といえど、王太子その人がわざわざ外交にやって来るなんて、通常であればあり得ないことだ。デュークがそう察したとしても、不思議でもなんともない。


 そして、思う通りで事実ではあった。


「ええ。けれど、私のところに話が来るまでに、断られてしまったみたいなの」


「そうっすか。またなんすね。陛下も殿下も、本当に過保護っすね。姫も花も匂う妙齢だと言うのに」


 ここ数日私を避けているデュークは、それを思わせることもなく自然体だ。


 いいえ。そもそも、避けているはずの人に対し、こんな風に近づいてくるだろうか?


「ね。デューク。私を避けていた?」


 私は我慢出来ず、彼に直接聞くことにした。


「……いや? そんなことないっすよ。俺は最近ユンカナンを荒らし回っている盗賊団の話で、ここ数日忙しかったっす。陛下は絶対に全員逃すなとお怒りなもので、団長職は俺だけじゃなくて、全員走り回っているはずっすよ。マティアスに聞いてないすか?」


 飄々とした態度のデュークを見て、私は避けられてはいなかったとほっと胸を撫で下ろした。


 それに、私との縁談云々を、お父様から何も聞いていないみたいだし。


「マティアスからは、忙しいとは聞いたけど……理由はそう言えば、聞かなかったわ」


「……あいつも、俺の部下なんで。姫と言えど……上司が何をしているかというのは、言えないんですみません」


 デュークは話しながら何故かダムギュアの一行を目で追いながら、難しい表情をしていた。けど、私の言葉を聞いて、ようやくこちらを見てくれた。


「ねえ。デューク。私、貴方に前々から……聞きたかったことがあったんだけど」


「良いっすよ」


「私。貴方に王都の街で助けてもらった事があるのって……覚えてる?」


 私はその時にようやく、デュークは『あー。あの時の女の子っすか』みたいな反応をするのではないかと思っていた。


 けれど、彼はきょとんとした顔で、首を傾げ頭を掻いた。


「は? 俺。そんなことしましたっけ?」


 デュークの言葉を聞いて、やっぱり忘れられていたのだと悟った私はガッカリした。


 わかってはいたことだけど、やっぱり辛い。


 こちらがどれだけの熱量でデュークのことを好きでいようが、彼にとってみればあっさりすぐさま忘れてしまうようなどうでも良い記憶だったのだ。


「……やっぱり、覚えてないのね。仕方ないわ」


 甘い出会いも片方だけの幻想だったかと現実を思い知った私が落ち込むと、デュークは慌てて両手を上げた。


「ちょ、ちょっと待ってください。いや……俺は自分が記憶力は、あまりないとは自覚してるっす。けど、身分を隠しているとは言え、こんなに可愛い女の子を助けたなら、流石に覚えてそうですけどね」


「もう……そういう、見え透いたお世辞は、良いわ……だって、現に私のことを覚えていないんでしょう?」


 拗ねて言って歩き出せば、デュークは慌てて付いて来た。


「すみません。けど、ぜんぜんわざとじゃないっすよ。おかしいな……姫をひと目見れば、絶対に記憶に残るっすよ。悪い魔法使いに、記憶を消されたのかも知れません……」


「だから、もうっ、そういう見え透いた言い訳は良いってば」


 珍しく彼の前で気分を害し私のご機嫌を取ろうとしてか、デュークは通算二度目のお茶に誘ってくれたので……これはもうこれで、良いこととする。


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