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10 それでも

 何気なく城の廊下を歩いていた私は、ふと目にした寄り添う男女二人を見て、彼らはお似合いで寄り添い合っていることがとてもしっくりと来ているとそう思った。


 本来ならば、男性側からの関係上……心の奥から吹き出すはずの嫉妬なんかよりも、何よりも先に。


 立ち止まってしまった私の目の前に美男美女が寄り添い、男性が女性の腰に手を回していた。


「……デューク」


「すみません。姫。見ての通り。こういうことなんで……もう、俺のことは諦めて貰っても良いっすか」


 隣に立つ恋人らしき彼女は私にお辞儀をしてからデュークにより近付いて、照れているのか恥ずかしそうに微笑む。


 とても大人っぽくて、綺麗な女性だった。


 素敵なデュークには、きっとこういう人が似合うだろうと思うような、本当に誰もがお似合いだと評するよう人。


—————私とは、真逆の人。


 彼へと人目もはばからずに迫っている理由の元はと言えば、私はデュークを上司に嫌われ嫌がらせを受けているという不遇をどうにかしようとして、王族である私の立場を利用しようとしただけだった。


 何も知らないデュークにしてみれば、悪目立ちしてしまう姫に好かれるなんて迷惑だし面倒だっただろう。


 けど、丁寧な断り文句は口にするものの、デュークは私が傷付くことや酷いことは決して言ったりしなかった。


 だから、ここで幸せを願っていただけの私は『綺麗な人ね。デューク、良かったわね』と、明るく微笑めるはずだった。


 だって、私はデュークとは将来的に絶対に結ばれなくて……それでも、彼が好きなことには変わらなかった。少しでも、役に立ちたかっただけだ。


 なのに……幸せそうな恋人同士を前に黙ったままなんておかしい。何かを言わなければいけない。


 なのに、それなのに。


 ぽたぽたと断りもなく目からこぼれだした涙は、頬を伝ってすうっと流れて行った。


 ああ。いけない……何か祝福の言葉を言って、ここを早く立ち去るべきだ。


 何も言えなくても、せめてここからは……。


 けど、涙は止まらないし、足が動かなかった。


 幸せな二人をただ困らせるだけだとわかっているのに、どうしても我慢が出来なくて。


 突発な事態に柔軟な対応が出来ない甘やかされた自分が情けなかった。


 何も言わずにただ泣いている私を見てデュークと幸せそうに寄り添っていた彼女は、何故か不意に眉を顰めて腕を組んでいた手を離し彼からサッと離れ距離を置いた。


「あの……こんなにもナッシュ団長を純粋に好きな子を、嘘をついて騙すなんて気が引けます。私。お金を貰ってなんてことをしてしまったんだって、変な罪悪感に負けて延々悪夢を見そうなので、この役目は降ります。はい。これ。報酬は返すわね」


「えっ……おい」


 小さな布袋を取り出してデュークの胸へと押し付けた彼女のあっさりとした暴露に、彼は慌てた様子だった。


「ナッシュ団長。私も、経験があるんですけどね……求愛を断る時は、自分が悪者になるくらいの方が逆に優しいですよ。何かの言い訳を探してでも彼女を傷つけたくないくらいの情が湧いているのなら、納得出来るようにとことん話をした方が良いと思います。一度、これを引き受けた私が言うのもなんですけど、恋人が出来たと嘘をついて諦めさせようなんて、いかにも狡い男のしそうなことです」


 そう言って、振り向きもせずに颯爽と女性は去って行ってしまった。


 その場に残されたのは、私とデュークの二人。


 正確には私の背後には二人の侍女が居るけれど、主人の取り込み中には居ない振りをすることだって、彼女たちの仕事の内だ。


「……デューク。嘘を? なんで……そんなこと」


 溢れ流れ落ちる涙を拭いもせずにドレスの裾を握りしめたままで私が言えば、デュークは困った顔をしてハンカチを差し出してくれた。


 まだ私がさっきの衝撃を受けて動けないと見たのか、彼は優しく自分が涙を拭ってくれた。


「これは何度目にも、なりますけど……姫と俺では、身分が違い過ぎます。手遅れにならない内に、早目に俺のことは諦めて貰おうと思いました」


 デュークは私に交際を断る言葉を言いながらも、黒い目はどこまでも優しい。


 幾度も求愛している私自身にだって、私が彼に受け入れられる訳なんてないって、ちゃんとわかっている。


 双方共に有り得ないと思っている恋なのに、私はどうしてもさっき見たあの光景を受け入れることが出来なかった。


「身分差なんて、関係ないわ」


「……そういう訳には、いかないんですよ。姫」


 私の駄々っ子のような言葉を聞いてデュークは、本当に困っている顔をした。


 好きな人を、困らせている。それは、辛いけど。けど、まだ彼の傍に居たい。


 デュークを守りたいというのは、私の言い訳だった。


 ただ私は私欲のために、王族の立場を使って行動をしているのかもしれない。立派なご先祖様たちに顔向け出来ない。


 本当に最低な子孫だ。


「……こんなところで。何事ですか」


 ……いけない。


 低い声の主をすぐに誰かを判断し、私は指で涙を拭ってにっこりと微笑んだ。


「まあ。ヘンドリック大臣。何でもないですわ。私の目にゴミが入ったので、彼に診て貰っていました」


 私たち二人の間に漂う不穏な空気を察したのか、訝し気な表情を見せるヘンドリック大臣は私の言葉を、すぐに嘘だと見抜いたはずだ。


 私とデュークの二人には、何とも言えない表情だったし、目にゴミが入っただけにしては私は泣き過ぎていた。


「……姫がお気に入りとお過ごしになるのも、私は何も言いませんが。ナッシュは仕事中です。どうかお戯れは、程々になさってください。輿入れ前に妙な噂が立って、姫も自分に求婚者が居なくなってしまうのは本意ではないでしょう」


 わかりやすく嫌味な言い方だった。


 王家であることを笠に着て、職務中のお気に入りを呼び出し過ごしているのなら、とっくの昔に処女を失っていると思われても仕方ないのだと彼は言いたいのだ。


 この前、自分の息子を勧めた癖に……というか、自分の息子以外の求婚者を居なくさせることなら、お前の悪い噂を立てればすぐだぞとでも言いたいのかしら。


「おい。大臣、それは……」


 私に対しひどい事を言ったと見たのか。気色ばんだデュークが自分の上司の前にと出ようとしたので、私は彼を片手で制した。


「ふふ。なんだか、おかしなことを言うのね。ある程度の身分を持つ私たち二人が、こんな廊下で濃密な時間を過ごしているとでも言いたいのかしら? 二人で密室に籠ったのなら、そんな噂が立ってもおかしくはなさそうだけど……そのような事実は、これまでになにひとつないわ。まるでこの私を脅したようにも取れる発言をする前に。もし、変な噂があるというのなら、その証拠固めでもした方が良いんじゃないかしら?」


 ヘンドリック大臣は何故か私が誰の娘でどんな身分を持っているのかを、その段になって、ようやく思い出したようだ。


 彼は大きく腰を折るお辞儀をして、笑顔の私に許しを求めた。


「……差し出がましい口を出しました。アリエル殿下。失礼しました」


「まあ……別に、謝ることなんてないのよ。誰だって、誤解はするものだわ。私がナッシュ団長に会いに行っているのは、毎日とは言え朝だけ。それ以外に偶然に会ったとしても、周囲には侍女や護衛を含め数多くの人が取り巻いている。そんな妙な噂が立つはずがないんだけど……本当に、不思議よね。もしかしたら、誰かが敢えて悪意を込めて流しているのかしら」


 首を傾げて私が微笑めば、ヘンドリック大臣は慌てて辞去の挨拶をして去って行った。


 私が息をついてから、すぐ隣に居た背の高いデュークの顔を見上げると、彼はとても不思議そうな顔をしていた。


「デューク……? 何?」


「いや、失礼だったら本当に申し訳ないんですけど。姫って決して何も知らない訳ではないのに、たまに頭の悪い振りをしますよね。それは、どうしてですか?」


 確かにデュークのこう言う通りに、私は『家族に甘やかされたお姫様』を敢えて演じる事が多いかもしれない。


 けど、口答えをするような生意気な女性を良しとしない伝統的な考えを持つ男性が居ることだって、ちゃんと知っていた。


 だから、それは本当の私ではないけど、何も知らない振りをした方が楽な場合だってある。


「……能ある鷹は、爪を隠すって言うでしょ」


 私は冗談ぽく伝えたつもりなんだけど、デュークはそうは取らなかったようだ。


 彼の真剣な視線は、私の中にある甘い思惑を突き差すようだった。


「そうすか。庶民の戯れ言だと聞き流してくれて別に良いですけど、出来たら……自分を偽らずに生きた方が、良いっすよ。揉め事を起こさずに楽に生きられるって、確かに言葉は良いっすけど。姫はこれから死ぬまで何十年も自分が出来ることを、出来ないと周囲に嘘をついたまま生きるつもりなんですか」


「っ……それは……」


 デュークの言っていることを、違うとは言い切れない。


 自分を偽って生きていくことは、ある意味では面倒なことも起こらずに楽な道なのかもしれない。


 けれど、私は本来の自分であれば手にしていたものを、見つけることも知ることも出来ずに、これから先も生きていくことになる。


「それだと、誰のための人生だか、わからなくなりそうじゃないすか」


「デューク……」


 嘘偽らざる彼の言葉は、私の心の奥に届いた。そういうこと、なのかもしれない。楽に生きたくて、本来の自分でないのなら。


————-その人生は誰のもの?


 ここでデュークが私のことなどどうでも良いとばかりに当たり障りのないことを言って流石姫様と褒め称えれば、彼をそういう人だと判断してしまうだろう。


 けれど、デュークは言う必要のない彼が思ったことをここで敢えて正直に言ってくれたのだ。


 楽だから面倒がないからと逃げ続けていることは、彼のこうして私のためにやってくれたことと正反対だと身を以て教えてくれた。


「……王族の意向を気にするべき臣下が、とても差し出がましかったっすね。申し訳ありません」


 黙ってしまった私にデュークはぶっきらぼうな様子で深く頭を下げたけど、私は彼らしい仕草に思わず微笑んだ。


「ふふ。もう。デューク……全然、自分が悪いと思ってないでしょ」


「実を言うと、まったく思ってないっす。上流階級の皆さんの……貴族たちの腹の探り合いは、庶民育ちは見てて楽しいもんじゃないんで。姫は頭が良く機転も利く良い女なんで、出来たらそれを隠さず自分の人生を歩いてください」


「デューク……」


「……姫。もしかして、もっと俺のこと好きになりました?」


 ついさっき芝居を打ってまで自分のことを諦めさせようとしていたデュークは、望んでいたことと反対の結果になってしまったことに、微妙な顔付きになってしまっているようだ。


 私は困っている様子の彼に、思わず吹き出してしまった。


「ええ。その通りよ。私を貴方から諦めさせたいというのに、完全に逆効果になってしまったわね。デュークは……本当に、中身までも素敵なんだもの。私がぜひ結婚して欲しいと気に入ってしまうのも、それはどうしようもないわ。仕方ないわね」


 所在なさげに頭を掻いたデュークが心配していることは、確かにそうなんだけど……今はまだ若い団長になりたてのデュークが、彼の確固たる地位を築くまでは、もう少しだけ傍に居たい。


 私の望みは、ただそれだけなの。


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