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01 開幕

 早朝の澄んだ空気を、私は歩きながら吸い込んだ。


 今ではもう通り慣れてしまった軍関係の施設が集まる棟の広い廊下を抜けて、突き当たりにある黒い扉。


 ただこの目にそれを映しただけなのに、私の心の中には歓喜が溢れた。


 何故かというと、もうすぐ辿り着くあれを開けば、誰よりも好きなあの人に会うことが出来るから。


 最低限の礼儀である扉を叩いて入室前の応答を待つことをしないのは、別に私が入室前の礼儀作法を知らない訳ではない。


 毎朝、早い時間に王族の一人がこうして現れることを、執務室の中に居る主だって重々に承知しているから、いつの間にか、暗黙の了解が双方に出来てしまっていた。


 ……いえ。『今は多忙なので、また後日』と、彼に面会を断られ続けた私の苦肉の策とも言える。


 カツカツと踵の高い靴音が立ち止まり、私は取っ手を持って大きく扉を開いた。


「おはようっ! デューク」


「「ナッシュ団長。ラバーン副団長。おはようございます。失礼します」」


 先んじて入室した私が元気良く朝の挨拶をした後に、すぐ後ろを付いて来ていた双子の侍女エボリーとアイボリーの二人も、声を合わせて執務室の中に居た二人の男性へと挨拶をした。


「うす……あの、姫。毎度毎度、同じことを言い難いんすけど……」


 たとえ、おはよ「う」ございま「す」と有り得ないくらいに省略されていたとしても、彼とこうして挨拶を出来れば、どうしても嬉しくなってしまう。顔がほころんでしまうのを抑えられない。


 私が大好きなこちらのデューク・ナッシュは、若くしてユンカナン王国の主力である獣人を主体で編成された獣騎士団の騎士団長。


 彼は先の戦争でのめざましい功績を成し遂げ、歴代最年少という年齢で団長に任ぜられるという偉業を成し遂げている。


 デュークは獣の中でも最強の獣とされている獅子の獣人でも、特に珍しい黒の毛並みを持つ黒獅子。


 そして、彼が人型にある今。


 少し癖のある艶めく黒髪はサラリと揺れて、何度も何度も目にしていても、未だに信じられないほどに整っている仏頂面を縁取っていた。


 私は彼の獣型をまだ一度も見たことはないけど、きっとこの世のものとは思えないほどに、美しい獣なんだと思う。でないと、人型がこんなに美しく整っているはずがないもの。


 獅子は怠惰な性質を持つ、最強の大型肉食獣。


 獅子獣人であるデュークは逞しい身体に纏っている、きっちりと着るはずの騎士服すらもダルそうに着崩しているんだけど……それすらも、なんだかもう素敵過ぎて……私はこうして彼をただ見ているだけで、胸がときめいてしまって堪らないのだ。


 団長職に相応しく大きな執務机の前にある椅子の背もたれに、完全に背を付けて腰掛け、彼はとてもとても長い足を組んでいた。


 悪い男のような気怠くも危険な雰囲気が漂っていて『俺には女なんて黙っていてもいくらでも寄って来るから別に』とでも言わんばかりの、とても余裕ある風情。


 ……キャー! もう、素敵過ぎる。


 私にとっての都合の良い妄想なども、そこには若干入っていることは認める……けど、デュークはただ座っているというだけなのに、おかしいくらいに格好良いの。


「デューク……好き」


 いつものように胸の前で両手を組み、ついつい心の叫びが唇からこぼれ落ち、毎日毎日こういった私の告白を聞かされて続けているデュークは、大きくため息をついて言った。


「姫。もう、ここではっきり言いますけど。こうやって、朝に日参されると……迷惑なんすけど」


「そうやってつれないところも、素敵ぃ」


「……」


 やだ。眉を寄せて若干迷惑そうな表情も、本当に例えようのないくらいに素敵。デュークにこれは何を言っても無駄だって、そう思って貰っても私は全然いいの。


 ……だって、本当にそうだもの。


 私はユンカナンの末の王女で、亡くなった正妃である母と同じくして生まれた兄は、現在王位継承権第一位の王太子。


 つまり、直近の未来の最高権力者が背後に居る私に対して、この国に対し忠誠を誓い王に仕えている騎士である彼は、どうしても逆らえないの。


 何も言わずに黙り動きを止めてしまったデュークの隣に立っていた彼の補佐をする役目の副団長マティアスが、私がこうして部屋に入って来てからも冷静に書類を捲っていた手を止めて、思い出したかのように言った。


「アリエル様。そして、美しい侍女お二人も。おはようございます。毎朝のこととはいえ、今日もこうしてお会いできて実に光栄です」


「マティアス。いつも忙しそうね」


「いえ。仕事などどうでも良くなってしまうほどに美しい女性が揃うと、朝もより清々しく感じますね……団長。もしかしてお忘れかもしれませんが、アリエル様はユンカナン王家の姫君ですよ。そうやって、何もせずに座っていないで! 立って相応しい礼をしてください」


 副団長マティアスに態度を叱られたデュークは、もう一度先程と同じようにして大きなため息をつくと椅子から立ち上がり、姿勢を正すと胸に手を当て王族への忠誠を意味する礼をした。


 そして、忠誠を捧げる相手のはずの私から着席の許可を求めるでもなく、どかっと椅子に腰掛けた。


 そして、デュークはいつものように、再度無駄な抗議をすることにしたようだった。


「姫。あの、俺……見ての通り、仕事中なんすけど。俺でないと解決出来ないような急務がないようでしたら、ここからそろそろ出て行って貰っても良いすか? 邪魔なんです」


 机に肘を付き真剣な眼差しで私を見つめるデュークは、本当に素敵。そんな訳で私は当然のように、彼に結婚を申し込んだ。


「デューク。お願いだから、私と結婚して!」


「いや、俺の話聞いてないでしょ。それに、何回も言いますけど。それは、無理っすよ。俺は身分も何もない、庶民出身なんで。姫のような王族は同じ王族とか貴族とか、その辺りの男性と結ばれるのが一番良いんじゃないでしょうか。そういう……面倒も苦労もない、周囲から祝福されるような幸せな結婚を、選んでくださいよ」


 デュークは面倒くさそうでありつつも、いつも通りに自分のことを好きな女性が傷つかないように配慮してか、私の持つ身分ゆえに仕方ないのだという丁寧な断り文句を使った。


「素敵……そんな風に、つれないところも……本当に、好き!」


「……」


「団長。可愛いお姫様とそうやって遊んでないで、この書類に判子を押して下さい。これは、本当に急ぎなんです」


「……」


 数え切れないほど繰り返されたやりとりに、うんざりした表情を隠そうともしないデュークは、きらきらした目で彼を見る私に視線を向けたまま、無言でマティアスが差し出した書類を乱暴に掴んだ。





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