表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/28

◇キサリティア編【6_12】十三歳の私は義妹を恐れて学問を諦めるらしい


 レンカリオが十一歳。私が十三歳の時。

 ゲウドさんの一件があった直後、レンカリオは私を自分専属のメイドにすると、旦那様と奥様に直談判した。

 専属となったことで、以前にも増して私はレンカリオと一緒にいる時間が増えた。

 相変わらず、義妹いもうとからは嘲られてばかり。しかし、旦那様や奥様から叱責される機会は減っていた。

 変な話ではあるけれど、これはこれで心穏やかな生活ではあった。

 十一歳になったレンカリオには新しく家庭教師がついた。

 連日、勉強に追われる義妹いもうとの真剣な横顔を見ていると、私もなにか力になりたいという意欲がむくむくと湧いてきた。

 レンカリオは特に法学を苦手としている様子で、頭を抱えていることが多く見受けられた。

 専属メイドである私は、レンカリオが授業を受けている際もそばに控えている。

 それを利用して、私は授業に耳を傾けた。

 法学の時間は一層念入りに。

 そうして聞いたことを、仕事の最中に頭の片隅で反芻した。

 法制度についての出題に対し、私なりに答えを出した。

 不躾ではあったけれど、お見送りの際に、思い切って家庭教師のドブルド先生に話してみた。

 帰りしなとあって、最初こそ取り合ってもらえなかった。しかし、段々と耳を傾けてくださるようになり、最後にはお褒めの言葉をいただけた。


「きみはとても勤勉だ、キサリティア。……どうだろう? よかったらきみも、私の生徒にならないかい?」

「わ、私は使用人ですので、そういうわけにはまいりません。なにより、旦那様や奥様がお許しになるはずがありません……」

「なぁに、心配はいらないよ。この屋敷には使われていない部屋が数多くある。使用人のきみなら、滅多に人が近寄らない部屋もわかるんじゃないかな? そういう場所でこっそり手ほどきをしてあげよう」

「で、ですが、ドブルド先生はレンカリオ様のおそばにいる必要が……」

「小用で少し外すと言えば問題ないとも。きみは気を利かせて、私を案内するとでも言えばいいのさ」


 ドブルド先生は熱心に誘ってくださいました。


「学問を学べるものは限られている。私はね、キサリティア。広く学問を勧めたいんだ。貴族や聖職者の子弟だけでなく、学ぶ意欲のある者すべてに、その機会を与えたいんだよ」


 崇高な志に胸打たれた私は、ドブルド先生のお誘いを無下にしてはならないと思いました。

 けれど――もし、ことがレンカリオに露見したら?

 前年、レンカリオから放たれた言葉が思い出される。


『キサ義姉さまのその美貌を持ってすれば、殿方の五人や十人くらい簡単に唆せますわよねぇ! ――いやらしい!』


 また、唆したと叱咤されたら?

 また、いやらしいと罵られたら?

 それだけならまだしも、今度こそ許してもらえなかったら?

 考えただけで怖かった。恐ろしかった。


「申し訳ございません、ドブルド先生! せっかくのお申し出ですが、使用人の身には余ります!」


 気がつけば深く頭を下げ、辞退していた。

 レンカリオの部屋へ逃げ帰っていた。


「お見送りにしてはずいぶんと時間がかかりましたわね、キサ義姉さまぁ?」

「……ええ。その、実は――」


 私は、ドブルド先生からお誘いいただいた個人授業を断ったことを、レンカリオに話して聞かせた。


「……まったく、油断も隙もあったものじゃないんだから……」


 レンカリオが呟いたけれど、聞き取れなかった。


「ええっと、あの……?」

「なんでもありませんわぁ、キサ義姉さま。今回は英断でしたわねぇ」


 褒められて嬉しかった。


「……ありがとうございます」


 それと同じくらい、残念でもあった。

 ドブルド先生に教えを請えば、私が置かれたこの状況から抜け出す術も得られたかもしれない。

 学びとは、そういうためにあるものなのではないの?

 それなのに、なぜ私は……。なぜ?

 レンカリオが好きだった。でもレンカリオは変わってしまった。

 レンカリオが怖い。でもレンカリオから離れがたい。

 レンカリオから奪われた。でもレンカリオは与えてもくれた。

 レンカリオに虐げられた。でもレンカリオは助けてもくれる。

 レンカリオは酷い。でもレンカリオは時に優しい。

 レンカリオは、でもレンカリオは。


 ――私はレンカリオに囚われている?


 後日、レンカリオの家庭教師は別の方に代わっていた。

 ドブルド先生もゲウドさんと同様に、旦那様から暇を出されたそうだった……。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ