◇キサリティア編【6_12】十三歳の私は義妹を恐れて学問を諦めるらしい
レンカリオが十一歳。私が十三歳の時。
ゲウドさんの一件があった直後、レンカリオは私を自分専属のメイドにすると、旦那様と奥様に直談判した。
専属となったことで、以前にも増して私はレンカリオと一緒にいる時間が増えた。
相変わらず、義妹からは嘲られてばかり。しかし、旦那様や奥様から叱責される機会は減っていた。
変な話ではあるけれど、これはこれで心穏やかな生活ではあった。
十一歳になったレンカリオには新しく家庭教師がついた。
連日、勉強に追われる義妹の真剣な横顔を見ていると、私もなにか力になりたいという意欲がむくむくと湧いてきた。
レンカリオは特に法学を苦手としている様子で、頭を抱えていることが多く見受けられた。
専属メイドである私は、レンカリオが授業を受けている際もそばに控えている。
それを利用して、私は授業に耳を傾けた。
法学の時間は一層念入りに。
そうして聞いたことを、仕事の最中に頭の片隅で反芻した。
法制度についての出題に対し、私なりに答えを出した。
不躾ではあったけれど、お見送りの際に、思い切って家庭教師のドブルド先生に話してみた。
帰りしなとあって、最初こそ取り合ってもらえなかった。しかし、段々と耳を傾けてくださるようになり、最後にはお褒めの言葉をいただけた。
「きみはとても勤勉だ、キサリティア。……どうだろう? よかったらきみも、私の生徒にならないかい?」
「わ、私は使用人ですので、そういうわけにはまいりません。なにより、旦那様や奥様がお許しになるはずがありません……」
「なぁに、心配はいらないよ。この屋敷には使われていない部屋が数多くある。使用人のきみなら、滅多に人が近寄らない部屋もわかるんじゃないかな? そういう場所でこっそり手ほどきをしてあげよう」
「で、ですが、ドブルド先生はレンカリオ様のおそばにいる必要が……」
「小用で少し外すと言えば問題ないとも。きみは気を利かせて、私を案内するとでも言えばいいのさ」
ドブルド先生は熱心に誘ってくださいました。
「学問を学べるものは限られている。私はね、キサリティア。広く学問を勧めたいんだ。貴族や聖職者の子弟だけでなく、学ぶ意欲のある者すべてに、その機会を与えたいんだよ」
崇高な志に胸打たれた私は、ドブルド先生のお誘いを無下にしてはならないと思いました。
けれど――もし、ことがレンカリオに露見したら?
前年、レンカリオから放たれた言葉が思い出される。
『キサ義姉さまのその美貌を持ってすれば、殿方の五人や十人くらい簡単に唆せますわよねぇ! ――いやらしい!』
また、唆したと叱咤されたら?
また、いやらしいと罵られたら?
それだけならまだしも、今度こそ許してもらえなかったら?
考えただけで怖かった。恐ろしかった。
「申し訳ございません、ドブルド先生! せっかくのお申し出ですが、使用人の身には余ります!」
気がつけば深く頭を下げ、辞退していた。
レンカリオの部屋へ逃げ帰っていた。
「お見送りにしてはずいぶんと時間がかかりましたわね、キサ義姉さまぁ?」
「……ええ。その、実は――」
私は、ドブルド先生からお誘いいただいた個人授業を断ったことを、レンカリオに話して聞かせた。
「……まったく、油断も隙もあったものじゃないんだから……」
レンカリオが呟いたけれど、聞き取れなかった。
「ええっと、あの……?」
「なんでもありませんわぁ、キサ義姉さま。今回は英断でしたわねぇ」
褒められて嬉しかった。
「……ありがとうございます」
それと同じくらい、残念でもあった。
ドブルド先生に教えを請えば、私が置かれたこの状況から抜け出す術も得られたかもしれない。
学びとは、そういうためにあるものなのではないの?
それなのに、なぜ私は……。なぜ?
レンカリオが好きだった。でもレンカリオは変わってしまった。
レンカリオが怖い。でもレンカリオから離れがたい。
レンカリオから奪われた。でもレンカリオは与えてもくれた。
レンカリオに虐げられた。でもレンカリオは助けてもくれる。
レンカリオは酷い。でもレンカリオは時に優しい。
レンカリオは、でもレンカリオは。
――私はレンカリオに囚われている?
後日、レンカリオの家庭教師は別の方に代わっていた。
ドブルド先生もゲウドさんと同様に、旦那様から暇を出されたそうだった……。