◇キサリティア編【5_12】十二歳の私は義妹の残飯を食べなければならないらしい
レンカリオが十歳。私が十二歳の時。
初潮を迎え、少女から大人の女へと近づきつつあった私の周囲は、わずかながら変化の兆しを見せていた。
「キサリティア。お前の賄を用意しておいたから、あとで食べにくるといい」
「よろしいのですか? ゲウドさん。今月に入って四度目になりますけれど……」
「いいさ、いいさ。お前さんはもう少し栄養を取った方がいい」
料理長のゲウドさん。大柄で強面だけれど、いつも笑みを絶やさない。
でもそれは、ヘルブン家の方々にだけ……。
そう思っていたのだけれど、その頃は、私に対しても笑みを向けてくれるようになった。
使用人の振る舞いが板につき、仕事で粗相をすることもめっきり少なくなった私を、ようやく仕事仲間と認めてくれたのだと思い、嬉しくなった。
浮かれていた私は、ゲウドさんのことをうっかりレンカリオの前で口走ってしまった。
「――賄ですって? ゲウドが?」
アメシストの瞳が怒りを帯びた。
しまった、などと思ってももう遅い。
「キサ義姉さま。まさかとは思いますが、食べたのですか? 与えられた食事だけでは飽き足らず? 使用人の分際で?」
いつものからかい交じりの言葉ではなかった。
その物言いは、強く私を非難するものだった。
「ゲウドが目下と見なしてる者に賄を用意するなんて。キサ義姉さまはもしかして、ゲウドに対し媚態をおつくりになったのですか?」
媚態をつくった?
男性に媚びるなまめかしい女性の態度を取ったのかと、問われているの?
私が?
――心外だった。
「いいえ! いいえっ! そんなことは決してありません!」
「はっ、どうだか! ええ、ええ! そうですわよね! キサ義姉さまのその美貌を持ってすれば、殿方の五人や十人くらい簡単に唆せますわよねぇ! ――いやらしい!」
レンカリオは私を突き飛ばした。
私は尻もちをついたけれど、レンカリオの部屋の絨毯は厚く、痛みはそれほどなかった。
それよりも、ただただショックで気が動転していた。
「……ちがう。ちがうの。そんなことを言わないで……レンカっ!」
立ち上がることもできないままレンカリオに這い寄り、その足に縋りついた。
「……だったら、そう……そうだわ。キサ義姉さまはそう、これからはわたしの残飯だけを食べるのよ」
しゃがみ込んだレンカリオが、私の頬を掴んだ。
「いい? しばらくの間、他には一切口に入れないで。わかった?」
鬼気迫る剣幕に負けて、私は頷いていた。
「わかった。わかったわ、レンカ……!」
「そう。……よかった。ありがとう」
レンカリオから怒気が消え失せたことに安堵していた私は気がつかなかった。
義妹がお礼の言葉を口にしていたことにも。
私以上に安堵していたことにも。
それからしばらくして、美味しい賄を作ってくれたゲウドさんは、旦那様から暇を出され、お屋敷を去っていった。